映画「神様メール」－－奇抜なコメディ版“新・新約聖書”
ほんとうの聖書によれば、地万物を創造した神は最後に神の似姿として人間を創造した。人間の良心は、神の善ときよさを希求する。だが、本作の神は現代に実在し、自分勝手で傲慢そのもの。人間の人生を弄び、妻の女神や子どもたちには暴言暴力をふるう体たらく。戦争、ジャンダー、飢餓をもたらす神の演出は、なんともブラック・ユーモアの連続。だが、ラストのハッピーな大団円にホッとさせられる。
【あらすじ】
神様は実在していた。しかも、地球のベルギー・ブリュッセルの町なかに4人家族で暮らしている。神様（ブノワ・ポールヴールド）の父と、女神だった妻（ヨランド・モロー）に、一度家出して人間界で有名になったが今は暖炉の上の置物になっていて母が毎日磨いている長男ＪＣ（ジーザス・クライスト）と、その妹10歳のエア（ピリ・グロワーヌ）だ。
エアは、父親の神様が大嫌いだ。酒飲みで短気で起こりぽく母親にいつも言葉の暴力を浴びせる。自分に似せて創った人間には、2000を超える“不快な法則”を作ってはパソコンで人間の行動を操り悦に入っている。人間が、天災や悲惨な出来事に遭っても知らんぷりなのだ。書斎にあるパソコンのスイッチはいつもonのままだが、母親が掃除に入る以外は家族の出入り禁止。父親の理不尽さに我慢できないエアは、兄ＪＣに相談すると、父はパソコンがないと何もできないとアドバイスされる。
酔いつぶれて今のソファで寝入っている父親のポケットから鍵を盗み、書斎に入っていく。パソコンを検索していると人間の“余命フォルダー”を見つけた。一人ひとりの残されている寿命の年数と月日のリスト。エアは、その余命情報をそれぞれ個人あてにメール送信する。そして、兄ＪＣに教えてもらった方法で下界へ抜け出した。目的は、父の書斎で選んだ6人の個人情報をもとに探し出して、兄ＪＣが選んだ12使徒に加えて6人を使徒にすること。
下界に降りると、着いたのはコインランドリー。ブリュッセルの町で最初に出会った人間は、ホームレスのヴィクトール（マルコ・ロレンツィーニ）。エアは、兄ＪＣが「奇跡を起こすのだ」と勧めてくれたことを実行し“新しい新約聖書”を書くため、自ら識字障がい者だと言うヴィクトールを無理矢理、筆記者に任命する。そして、6人の使徒たちと会うためにブリュッセルの町を歩き回る。だが、勝手に余命メールを送信されて怒り心頭の父親も、エアの後を追って下界へ降りていく。
【みどころ・エピソード】
エアが6人の使徒たちと出会うオムニバス形式で物語が展開していく。みなそれぞれに何かトラウマを背負っているが、自分の余命期間を知りそれぞれに自分らしい残りの人生を想う。少女時代に地下鉄とぶつかり方腕を失った美女オーレリー（ローラ・ヴェルリンデ）、冒険家だったが今はスーパーに勤めるジャン＝クロード（ディディエ・ドゥ・ネック）、セックス依存症の中年男マルク（セルジュ・ラリヴィエール）、保険屋をしているがスナイパー願望を抑えられないフランソワ（フランソワ・ダミアン）、夫との関係が冷え切っている有閑マダムのマルティーヌ（カトリーヌ・ドヌーヴ）、余命56日と知り残りの人生を女の子として行きたいと願うウィリー少年（ロマン・ジェラン）。芸達者な役者たちが演技を楽しんでいる感じが、観る者をコメディの境地へと惹きつけていく。
彼ら6人の新たな使徒たちの悩みと想いに関わっていくエア。一方自分の余命を知った人たちの中には、何をしても大丈夫とばかり危険を楽しみ、人生を弄ぶ輩も現れる。宗教への風刺やパロディに寛容なタイプのクリスチャンであれば、面白く笑えるかもしれない。だが、ちょっと考えてしまうタイプには、不快・不幸もプログラミングする父権的で懲罰的なステレオタイプの神や、夫との冷え切った関係に愛想をつかしゴリラと恋に落ちる使徒マルティーヌなど奇抜さと少々グロテスクな味付けが気になる。邦題の「神様メール」だけをイメージすると“神の意志”と早合点しそうだが、実際は神様のパソコンから送られたメール。原題は“新・新約聖書”とか“新しい新約聖書”というニュアンスなるのだろう。信仰不在の現代社会に、ブラック・ユーモアで神の実在を語らり自己確立の不確かさを描いているようにも受け止められるが、もう少しフランス映画のエスプリほどの味付けが加味されたなら、いくらか後味良く仕上げることが出来たのではないだろうか。ラストシークエンスの大団円に少しほっとするが、下女のように虐げられていた妻が女神らしく自分を取り戻したことに起因するというのもジェンダーな主張に感じられた。 【遠山清一】
監督：ジャコ・バン・ドルマル 2015年/ベルギー＝フランス＝ルクセンブルク/フランス語/115分/映倫：PG12/原題：Le tout nouveau testament 英題：The Brand New Testament 配給：アスミック・エース 2016年5月27日（金）よりTOHOシネマズシャンテほか全国順次ロードショー。
公式サイト http://kamisama.asmik-ace.co.jp
Facebook https://www.facebook.com/AsmikAceEntertainment
＊Awards＊
2016年：第76回ゴールデングローブ賞外国映画賞ノミネート。 2015年：第68回カンヌ国際映画祭監督週間正式出品作品。第43回ノルウェイ国際映画祭観客賞受賞。オースティン・ファンタスティック映画祭2015最優秀コメディ作品賞受賞。バイオグラフィルム映画祭観客賞受賞。ハンブルグ映画祭芸術映画賞ノミネート。サテライト賞最優秀外国映画ノミネート。シッチェス・カタロニア国際映画祭最優秀女優賞（ピリ・グロワーヌ）受賞作品。