2025年7月25日
封印を解いた痛みの体験 後世に
広島県に住む栗原明子さんは、80年前の8月6日、19歳の時に広島の向洋(むかいなだ)で被爆した体験をもつ。

栗原明子さん
明子さんは自身の被爆体験を、生涯決して開示するつもりはなかった。しかし2011年、東日本大震災による原発事故の被災者に対して、心無い声が投げかけられていると知った時、体験の封印を解く決心をする。放射線被害から逃れる被災者たちへの声が、かつて自分たち被爆者にかけられた偏見の声と重なった。被災者の方々への慰めになるよう、その痛みと苦しみが広く共有されるよう、そして決して戦争が繰り返されることのないよう祈りを込め、『3・11ブックレット―ヒロシマからの祈り』に、自身の体験をつづった。

『ヒロシマからの祈り』(栗原明子著、いのちのことば社、A5判、880円)
同書では、三代目のクリスチャンとして生まれたこと、戦時下の暮らし、被爆体験、マレーシアやジャワなど南方からの留学生との助け合い、敗戦後、原爆の爪痕などが臨場感をもって記されており、記録資料としても圧巻の読み応えだ。
書籍が発行されてから10年以上。これまで、ウクライナ、ガザで戦争が続く一方で、日本原水爆被害者団体協議会(被団協)がノーベル平和賞を受賞するなど様々な動きがあった。明子さんはこの10年を、どのような思いで見つめるのか。所属する広島福音自由教会の北野献慈牧師の協力を得て、コメントを頂いた。
「今のところは日本はわりと平和ですが、これから先、どうなるかわからないのが心配です。ウクライナの戦争に、日本が知らないところで巻き込まれていっているのではないかと気がかりです。一日も早く戦争をやめて、大人も子どもも皆が平和な生活ができるようになればと願います」
被団協のノーベル賞受賞については肯定的に受け止めつつも、「本当に被爆者の思いが世界に伝わったかどうかは疑問」と、楽観視せず見つめる。
満を持して被爆体験を開示したことには「後悔はない」。さらに、自身の体験が受け継がれることを願った。
(次ページで「母の体験の絵本が出版」)
