
世界的な聖書学者、セム言語学者の村岡崇光(むらおか・たかみつ)氏が2月10日に逝去した。前日に88歳を迎えたばかりだった。
聖書学の業績およびアジアへの取り組みが注目されてきた。以下、関係者の訃報報告や、著作、本紙の過去の記事から村岡氏の足跡を振り返る。
1938年広島市生まれ。小中高は両親の郷里の鹿児島で過ごした。英語への関心が高く、高校時代に米国人チャンドラー宣教師のバイブルクラスに通い、キリスト教を信仰する。この時に渡されたのが、後に大学3年生で刊行する初の出版『キリスト伝』(ジェームズ・M・ストーカー著)の原著だった。
東京教育大学(現在・筑波大学)英文科に進学し、受洗。聖書学者の関根正雄の授業に参加し、言語学科で修士号を取得した。博士課程を中退し、イスラエル政府給費生としてエルサレムのヘブライ大学に留学。同地で現在の妻桂子氏と結婚した。1969年に博士号取得。日本人としては同大学で初めての博士号だという。
その後、70年、英国マンチェスター大学講師、80年オーストラリア・メルボルン大学正教授、91年からオランダ・ライデン大学正教授として聖書語学を教え、研究をしてきた。2003年、定年退職後もオランダに残り、七十人訳聖書を中心に研究を続ける一方、毎年、最低五週間、妻に伴われて日本帝国主義の傷痕のまだ癒えていないアジア諸国において無給で専門科目を教授してきた。エルサレムのへブライ語アカデミー名誉会員。14年に日本聖書協会より聖書事業功労者賞を、17年に英国学士院よりバーキット賞を受賞した。
雑誌『アブール・ナフラーン』(現・Ancient Near Eastern Studies)の編集や、聖書ヘブライ語意味論、クムラン・ヘブライ語、クムラン・アラム語に関する書籍の編集など、編集活動にも携わってきた。
東京教育大学在学中は、KGK(キリスト者学生会)の学生たちに声をかけて、ギリシャ語、へブライ語の初級講座を始めた。妻の桂子氏はその第一期生の一人。当時出席していた練馬バプテスト教会でも、ギリシャ語、へブライ語講座を実施した。
KGKでの講座は、聖書ギリシア語学習会「コポスの会」として多井一雄氏が引き継いで続けられ、コロナ禍後は、オンラインで村岡氏とつながるようになった。「かつては宿題が出て厳しかったが、今は、村岡先生のお話を聞くスタイル」と初期からの参加者は語った。2024年の本紙取材時は、『シラ書』の文法解説書を刊行し、今後も同じ出版社から3冊刊行を予定していた。「趣味は、運河での釣りと研究。頭も体も健康。神様に感謝」と語っていた。
アジア各国を毎年訪ねて神学校などで最低5週間、無償で教えてきた。その訪問を振り返った記録『私のヴィア・ドロローサ 「大東亜戦争」の爪痕をアジアに訪ねて』(教文館)は、日本聖書協会・聖書事業功労者賞記念出版となった。マンチェスター大学に奉職し、前の大戦を記念する時期に毎年BBCが映画「戦場に架ける橋」を放映することを知った。メルボルン大学でもかつての日本軍の歴史を知る。オランダでは、2000年、日蘭修好400年の記念の年に、インドネシアから引き揚げてきたオランダ人、在蘭の日本人とともに日蘭対話の会を立ち上げた。オランダでは教会が、過去にユダヤ人やイスラム教徒、海外植民地でしたことを悔いて、和解のための働きをしていた姿を見ていた。
最初のアジア訪問先には“近くて遠い国”韓国を選んだ。そこでこう挨拶した。「私は戦前の日本のように、皆さんから奪うため、皆さんを傷つけるためではなく、皆さんが受けた傷が少しでも癒えるように、私が持っているもので皆さんに有用なものがあったらそれを無償で差し上げるために来ました。日本の政府はいまだに責任をはっきり取ろうとしないが、市民の中には少数ながら違う考えを持った者もいます」
村岡氏は聖書語学者らしく、赦すことと忘れることは違うと同書で強調している。戦後70年の2015年5月には、村岡氏が団長となって「謝罪と和解と交流のツアー 戦後70年を記憶して」(日韓教会協議会主催)を実施。村岡氏はエレミヤ31章30〜34節から「私たちの神様は忘れっぽい神様だろうか?」の題で講演。
17年に聖書学に貢献した学者に送られるバーキット賞を受賞した。挨拶では、英国で映画「戦場にかける橋」が毎年放映されることで知った日本の戦争責任を振り返り、「イギリス人に計り知れない痛みを与え、多数を過酷な死に追いやった民族の子孫である私が、バーキット・メダルをいただけるなどということが可能なのでしょうか?」と心情を吐露し、戦没者遺族にも思いを向けた。
アジア人初の同賞受賞についても、「単に私個人の名誉ではなく、アジアにおける聖書学の水準を国際社会が認め始めたのであろうか、と思えてきた」と振り返った(『聖書を原語で読んでみてはじめてわかること』いのちのことば社はしがき参照)
受賞直後に本紙に寄せた手紙では、「学問と政治は分けておいたほうが良いと言ってくれる人もいるが、私は学者である前に人間、日本人である、というのが私の立場だ」と記している。
2015年の韓国訪問で、総神大学チャペルでは、約1500人の神学生、教職者の前で講演。罪が赦されることと、それが忘れられ、その記録が抹殺されることとは全く別だとし、「神は私たちの罪を決して忘れない。家族、教会、民族、国家として犯した罪、悪事、不正を心底から、正直に認め、神に懺悔し、被害者に赦しを乞い、それを繰り返さないよう真剣に努める覚悟であるならば、神は私たちを赦し、その罪ゆえに私たちを罰しない」と述べた。
ライデン大学教授のマールテン・F・バーステン氏は学界関係者に村岡氏の訃報を知らせた。村岡氏は誕生日を迎えた翌日、眠っている間に静かに逝去した。前年12月初旬には、妻の桂子氏を亡くし、クリスマスの朝には村岡氏自身も視床下部の脳卒中を起こしたという。葬儀は近親者で執り行う。二男、一女の父。
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