
―黒人の現実は続いている―。
黒人神学の父、ジェイムズ・H・コーン(2018年逝去)の最後の教え子の一人、榎本空さん(ノースカロライナ大学チャペルヒル校人類学博士後期課程)は、3月にコーンの自伝『誰にも言わないと言ったけれど』(新教出版社=写真左下=)を翻訳出版した。
その2か月後、米国では白人警察官の暴行によって黒人のジョージ・フロイドが死亡する事件が発生。「ブラック・ライヴズ・マター」(BLM)を標榜する運動がかつてない規模で全米で展開した。
「BLMは十字架に対する応答。警察改革、経済的平等を求める政治的運動でもあるが、同時に非常に霊的な運動であることが、この本から見えてくる。コーンから『この本を訳すとはどういうことか理解しているか。この本を訳して終わりではない』と語られた気がした」と話す。
関西セミナーハウス活動センターは、オンラインを併用した講演会を9月19日に開催。榎本さんがコーンの自伝を抜粋して読み、その背景、BLMとのつながりを語った。
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榎本さんは2015年にニューヨーク・ユニオン神学校で指導教授のコーンと出会った。「教室に初めて入ったとき、プラカードがいくつかあった。そこには警察の暴力で殺された黒人たちの名前が書かれていた。BLMはフロイドの事件で急に始まったのではない。12年のトレイボン・マーティンの射殺に始まり、その後も警官による殺害が続くことで、抗議運動が広がりました」
すでに70代後半だったコーンだが、元気でよくしゃべり、机をたたいて怒りを表すこともあった。「『なぜ黒人の苦しみが続いたのか』という問いは、学生たちにとっても日々肌で感じていることだった」と振り返る。
1960年代半ばの公民権運動の後、法律が変わり、キング牧師のワシントン行進の「夢」が一歩進んだかのように見えた。「だが『夢』はすぐに『悪夢』に変わった。レストランで席を選べるようになったが、ハンバーガーを買うお金はない。黒人が潜在的な犯罪者と見なされる。『法律を変えただけでは、私たちのいのちは守られない。公民権だけでなく、人間にならないといけない』。その思いが次の『ブラックパワー運動』につながったとコーンは見ています」
コーンはこの運動の中にイエスの姿を見出していった。榎本さんは「神学は証だと思う。今の状況、時代の中で、イエスがどこにいるのかを宣言すること」と述べた。
黒人神学について「キリスト教神学と政治を混同し、政治目的に神やイエスを使った」という批判があることに触れ、「テニスの大坂なおみ選手が黒人差別反対の意思表示をしたことへの批判と似ている。コーンにとって、人種差別と闘うことは、社会運動以上に、十字架の問題、いのちにかかわる問題だった」と語った。
コーンの人柄についてこう述べた。「コーンのもとにはたくさんの人が集まった。しかし彼を崇めていただろうか。むしろ彼は仲間からどんどん批判された。たとえば黒人の女性から『公民権運動でも女性は周縁にいた』と。ただコーンが素晴らしいのは、そのような声を聞き、素直に反省したことだ。他者の声を聞き、自分を吟味した。そのことで『ブラック』は広がりのある言葉となり、あらゆる少数者、苦しむ人に向けられた。黒人神学は開かれた神学。皆さん一人ひとりが招かれています」
「奴隷解放、公民権運動、黒人大統領誕生…。歴史は進歩していると思っていた。しかし差別の構造は形を変えて続いた」と歴史を概観。「直線的進歩ではなく、むしろ失敗の連続。常に『十字架の後、復活の前の金曜日』の歴史でした」
BLM運動の中では、宗教や音楽、文学などが運動の力となっていた。「『私を人間以下とする現実だけがすべてではない』ということを教える。
『今』を超える可能性が宗教や芸術、あるいは説教による言葉の実践にある。そのことで『今』へのかかわり方も変わってきます」
「BLMで感動するのは死者を覚えていること」と言う。「フロイドたちの死が終わりではなく、始まりであると伝えている。フロイドたちが死ななくても良かった世界の在り方を問いかける。決して楽観主義ではなく、復活の前に埋葬があったように、死者とつながることで次の希望を生み出します」
トランプ大統領が誕生した時、メディアは騒いでいたが、コーンは落ち着いていたという様子を紹介。「確かに危機だが、黒人が初めて経験した危機ではない」と述べていたという。榎本さんは「過去があって今を理解できる。黒人は何度も裏切られたが、絶望を拒否してきた。希望は遠くではなく、今ここにある。神学は答えは出さないが、十字架をどこで見るかを問う。それぞれに与えられた十字架に応答するために、この本は大きな力になる」と勧めた。【高橋良知】
