映画「ナースコール」--「他者をケアすること」と「自分をケアすること」の間で

的確な看護と患者への誠実さが信頼されているフロリア(レオニー・ベネシュ)。© 2025 Zodiac Pictures Ltd / MMC Zodiac GmbH

 団塊の世代が75歳以上となる2025年は、日本の病院医療の深刻な赤字経営や医師・看護師不足などさまざまな問題がニュースで報道された。しかし、これは日本の固有な問題ではない。スイスでは、看護師が2030年までに3万人不足する見通しで、就職後4年で36%が離職しているという。本作は、医療先進国のイメージが強いスイスのある州立病院での切迫した一日を、誠実で献身的なひとりの看護師フロリア(レオニー・ベネシュ)の視点から描いたスリリングで緊迫感あふれる社会派ヒューマン・ドラマ。スイスでは興行成績4週連続1位の高い関心を得て、第98回アカデミー賞国際長編映画賞にスイス代表で出品されたがショートリスト(最終候補目前)選出までに留まった。だが本作は、看護師の感情・疲労・責任感をリアリズムで描く、ただの社会派ドラマではない。システム化する現代に孤独を和らげる存在でもある看護師への賛歌は、観る人の心を抱きしめるような「魂の対話」の物語と言える。

人出不足・効率第一のシステム
のなかで孤独を和らげる存在へ

 主人公のフロリアは、ある州立病院に勤める熟練した看護師。遅番シフトで病院に着くと、更衣室で同僚のベア(ソニア・リーゼン)から(3人一組の看護チームだが)一人が病気で欠勤と知らされる。ベアと二人で担当する外科病棟フロアの入院患者26人を看護しなければならない。しかもインターンの看護学生アメリー(セルマ・ジャマール・アルディーン)をサポートもしなければならない。

 外科病棟に到着早々、深刻な便秘で介護施設から移送されてきた新患の老婦人クーン(マルゲリータ・ショッホ)のおむつ交換をプライバシーに配慮しながら手際よく手伝うフロリアは、ナースセンターで早番の看護師から投薬によるアレルギー症状の危険がある患者など、患者たちの現況を引継ぐ。手術予定時刻に遅刻してきた患者オスマニ(リドヴァン・ムラッティ)を手術衣に着替えさせ別フロアの手術室に送り届けて戻ると、顔見知りの老人ロイ(ウルス・ビーラー)が精密検査の結果を尋ねてきた。自宅に残してきた飼い犬のことが心配で早く帰宅した様子。検査結果はフロリアも知っていたが立場上は伝えられない。担当のシュトローベル医師が手術中でいつ終わるか分からないことを丁寧に伝えるとフロリアを信頼した様子で病室に戻る。

 定期巡回の準備をして、病室を順番に訪ねて行き健康データの確認、投薬、メンタルケアをこなしていく。プロ意識が高く、あらゆる患者に誠実に接したいと考えているフロリアは、家族がいる西アフリカのブルキナファソを離れて一人でスイスにいる患者ナナの不安そうなつぶやきを聞くと「私がいます」と励ます。食道がん骨移転で入院してきたビルギン(エヴァ・フレドホルム)夫人の3人の息子たちは、早く巡回してほしいとフロリアに訴える。意識レベルが低く危ない状態の患者シュナイダー(ハインツ・ヴィスリング)のベッドの傍につきっきりで付き添う娘(ドリス・シェーファー)に「休息が必要です。お父さまのためにも元気でいて」と気遣いの声掛けをする。ナースコールの赤いライトが点灯すると取り急ぎその病室へ行かなければならない。特別室の患者セヴェリン(ユルク・プリュス)は、いつも病院の待遇に不満を言い、嫌味にもナースコールしてから何秒で看護師が来るかを時計で計る。

 息つく暇もないほど慌ただしい業務をテキパキとこなすフロイア。しかし患者やその家族からの要望とクレーム、他の病棟からひっきりなしにかかってくる電話にも対応するうちに、彼女がこなすべき巡回は徐々に滞り出す。一心不乱に病院内を駆けずり回るフロリアは、もはやひとりの手には負えない綱渡りの極限状況に陥っていた。そんなフロリアに追い打ちをかけるように、ある患者の容態が急変したとの知らせが届く…。

すべてを背負う限界に立つ日常の英雄から
助けを必要とする存在者の自覚と受容へ

 責任感が強く入院患者の不安にも寄り添う献身的なフロリアは、極限的な医療環境のなかで共感疲労の極地へと陥った状態でのミスであり患者に対する失態か。他者の苦しみには敏感だが、自分自身の苦しみをケアするセルフ・コンパッションが欠如しているように見える。日本では淀川キリスト教病院や聖路加国際病院などの先駆的なキリスト教系医療機関では、看護師のメンタルケアにチャプレンや看護師チームなどによる「スピリチュアな視点」を取り入れた実践も知られている。
 本作の冒頭、しっかりした足取りで病院に到着したフロリアの後ろ姿を追うカメラ。だが限界的な環境の中で遅番勤務を終えたフロリアが、帰りのバスの中で隣りに座った見知らぬ婦人に取った行為のラストシーンは「自分は助けを必要としている存在だ」と自覚した姿のようで静かな感動を覚えた。【遠山清一】 

監督:ペトラ・フォルペ 2025年/92分/スイス=ドイツ/ドイツ語・フランス語/映倫:G/原題:HELDIN 英題:Late Shift/ 配給:スターキャットアルバトロス・フィルム 2026年3月6日[金]ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次公開。
公式サイト https://nursecall-movie.com/
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