柳広司 – クリスチャン新聞

『新世界』柳広司 著ＫＡＤＯＫＡＷＡ／角川文庫、288頁、814円税込 12月2日は、世界初の原子炉が稼働したことを記念する原子炉の日だ。だからというわけではないが、今回は科学について考えさせられるミステリ『新世界』柳広司著を紹介したい。なお、今回紹介する作品には原爆投下後の街など、いくつかの非常に凄惨な描写があるため、そういったシーンが苦手な方にはお勧めできないことを、おことわりしておきたい。 本作は、原爆を開発した町、ロスアラモスで起きた一つの殺人事件を巡るミステリである。 1945年8月、終戦を祝うパーティーの最中に起きた一つの殺人事件。原爆開発の父と呼ばれるロバート・オッペンハイマーから依頼を受けた主人公は、事件解決のため調査に乗り出す。その過程で彼は、そこに潜む闇と狂気を目の当たりにする。というのがメインストーリーとなる。 （次ページで、物語の展開、科学とキリスト教、など約1600字） 謎解きや犯人の動機ももちろん見どころであるが、本作で興味深いのはロスアラモスに集った科学者たちとの交流である。中でも非常に印象的だったのは以下のセリフだ。「もしかすると彼らは、原爆を作れなかったのではなく、作ろうとしなかったのではないか」 このセリフはオッペンハイマーのものだ。彼はドイツについての調査報告書に、ナチスは原爆の開発をしておらず、発電所として利用しようとしていた、と記されていたことに衝撃を受けた。 ドイツのあの優秀な科学者たちが原爆を開発出来ないわけがない。彼らはあえてそれをしなかったのではないか？ あんなものを人が住む町の上で炸裂（さくれつ）させようなどとは、思いもしなかったのではないか？ というこの問いかけは、私にはドイツとアメリカの〝国の違い〟ではなく、むしろ〝古い時代の科学と新しい時代の科学の違い〟を視野に入れたものに見えた。 神学者フランシス・シェーファーは著書の中で、科学はキリスト教を基盤として誕生したと説く。理性的な神によって世界が創造されたと信じていたからこそ、人々が理性に基づいて自然と宇宙に関して真理を発見できると考えたのであるし、世界は探求する価値のあるものと考えた、と。 しかし時代が下ると科学はキリスト教を捨て、自律し、やがて暴走を始める。「神を愛し、隣人を愛する」という、キリスト教の大原則から切り離された時、科学を律する絶対の善悪の基準は消え去り、後には個々人の倫理観という貧弱な縛りのみが残される。 この小説に描かれる科学者たちには、一様に混乱が見られる。彼らは、地球の大気が燃え上がる可能性が（ごくわずかではあるものの）あったにもかかわらず核実験を強行した。ある科学者は、このまま爆弾が強化されていけば一発で地球ごと滅びるから敵国まで運ぶ必要はなくなり、設置場所は裏庭で良くなるということがわかったうえで、なお、水爆の開発を訴えた。少なからぬ人が過ちであると察していながらも、原爆を人の住む町の上へと投下した。 神を愛し隣人を愛するもの――神の創造した素晴らしい世界を解き明かし、隣人に恩恵を与えるものであった「科学」は指針を失い、混乱し暴走した。これがキリスト教の基盤を失った科学のありさまだった。 この結末を読んだ時、ふと主イエスの十字架上の祈りが頭をよぎった。「彼らは、何をしているのか自分でわからないのです」 科学者たちは、自分で自分が何をしているのかわからなかった。だから、この物語はこんな主人公の嘆きの言葉で終わる。「……これがわれわれの新しい世界なのか」 爆弾一つで町を破壊できる世界、裏庭に置いた爆弾ですべてを破壊しつくせる世界、自分たちの子孫にまで呪いを残す爆弾が生み出されてしまった世界。何をしているかわからないまま突き進んだ結果、たどり着いたのはこんな世界であったのか、と、そんな絶望の嘆きで終わるのだ。 そこには「父よ。彼らをお赦しください」という祈りはない。キリストの贖罪のない、絶望的な世界があるばかりだ。 一方で、同作者の『トーキョー・プリズン』という作品がある。『新世界』の三年後に発表された、戦後の巣鴨収容所で起きた殺人事件をめぐるミステリ小説である。この作品も悲惨で、救いのない真実が解き明かされていくのだが、エンディングは本作とは対照的にどこか不思議な明るさがある。それは物語の終わりを飾るヒロインのセリフに理由がある。 数年ぶりに主人公の探偵フェアフィールドと再会したヒロイン。戦時中、長崎で被爆し、原爆症の恐怖で絶望に暮れていた彼女は、けれど、明るく上を向いていた。そんな彼女は、物語の最後に言う。「メリー・クリスマス、ミスタ・フェアフィールド！ メリー・クリスマス！」 このセリフは映画「戦場のメリークリスマス」のオマージュだろうと思う。 そして、そこに福音は描かれてはいない。けれど、この言葉を口にした彼女の人生をつい想像してしまう。再会までの間、米統治下の日本で、もしかしたら彼女は福音に触れる機会があったのではないか、と。 福音なき絶望の嘆きとメリークリスマス。この二つの小説が私には表裏のように見えるのだ。 11月28日 6:00 PM 前回 https://xn--pckuay0l6a7c1910dfvzb.com/article-4zdjnaqc78brjsct/https://xn--pckuay0l6a7c1910dfvzb.com/article-yzpmxbhk0tcvn73p/

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絶望の新世界にクリスマスを 普段着の読書 作家編 第3回 餅月望

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