<書評>『心の渇望』ジェームズ・フーストン著(いのちのことば社、2200円)

<書評/神と人との友情を貫く><評・高橋秀典>

『心の渇望』
ジェームズ・フーストン著・松本曜訳
四六判
本体2200円
いのちのことば社

 著者は今や北米の福音派の神学的中心となったリージェントカレッジの初代学長である。同校を今ほど有名にしたのは、J・I・パッカーやユージン・ピーターソンそのほかの神学者ではあるが、彼らをカナダのバンクーバーの無名の神学校に導いたのは、彼との友情であると言われる。彼自身もC・S・ルイスとの友情によって同校設立のヴィジョンが与えられた。実は、この「友情」に彼の神学の基礎がある。一昨年日本で出版された「祈り」の本が「神との友情」と名づけられていることにもあらわされている。
 タイトルに本書の内容が凝縮されている。多くの信仰者が、信仰を知的な部分だけでとらえ、結果的に自分の心の奥底にひそむ願望に振り回されているからである。著者はそこで様々な依存症の問題を、聖書および歴史上の信仰者の視点から見なおしている。一方、霊性ということばがひとり歩きし、ニューエイジ的な独善が正当化されることにも危機感を抱いている。そして、「私たちは過剰に理性的であるか、過剰に感情的であるかのどちらかです」と現代の問題を言い当てる。私たちはしばしば、神を信仰の対象としてだけとらえ、神ご自身が私との愛の交わりを切望しておられる人格的な方であることを忘れてはいないだろうか。私たちは本書を通して、「地上では、あなたのほかに私はだれをも望みません。」(詩篇七三篇25節)という祈りへと導かれる。
 なお、著者はこの本から知識を得ようとするだけなら時間の無駄であるとさえ述べている。しかも、十分分かりやすい翻訳であるにも関わらず、気軽に読めるような本とは言い難い。しかし、心の交わりを求めつつ、じっくりと読む人にとっては一生の宝となり得る書である。特に少しでも文学や哲学、心理学などに親しんだことがある人にとっては、新しい信仰の目で今までの出会いの意味を再発見し、新たな出会いを生むきっかけとなるであろう。
 本書を記した動機として、多くの人が「正しい考え」ばかりに注目して、「正しい渇望」を持つ必要を忘れているように思えるからと語っていた。確かに神との友情、人との友情を大切にする熱い思いが本書に貫かれていると言えよう。(評・高橋秀典=立川福音自由教会牧師)