写真=1924年に建築されたブラウンメモリアルチャペルは国の有形文化財
写真=チャペルとグランドの様子
九州学院は、北米南部一致ルーテル教会から派遣されたC・L・ブラウン宣教師らの尽力によって1910(明治43)年設立認可され、翌11(明治44)年現在地に日本最初のルーセラン・ミッションスクールとして開校した。09(明治42)年に設立していた路帖神学校(校長ブラウン、現・日本ルーテル神学校)を学院開校後構内に移転し、九州学院神学部に改組した。初代院長に、第五高等学校で夏目漱石の後任の英語科主任教授を務めた遠山参良先生(第五高等学校教授、花陵会指導者)を迎え、「自分で自分を監督し、役に立つ善人となれ」(自助の精神)を教育指針として、遠山院長とブラウン主事は歩みを共にし、キリスト教主義全人教育の礎を築いた。
14(大正3)年、遠山院長は「敬天愛人」を校訓として定めた。これは、サムエル・スマイルズの“SELF-HELP”(『西国立志編 原名 自助論』)の訳者・中村正直(号・敬宇)による四字成語を、西郷隆盛が愛誦揮毫し、人口に膾炙していたものである。
開校3年目の同年10月、九州学院のキリスト教献身志望者で「黎明会」が組織され、創立者ブラウンが宣教師を務めていた日本福音ルーテル熊本教会で、多くの生徒が受洗しキリスト者となった。翌15(大正4)年1月28日から30日にかけて、第五高等学校花陵会(キリスト者青年会)主催で熊本バンド奉教39周年記念の演説会が、海老名弾正(同志社大学第8代総長)を招いて開催された。29日は9時から九州学院で伝道講演が行われ、翌30日には花岡山で奉教記念会が行われた。ブラウン宣教師から受洗した九州学院の生徒たちも、海老名弾正(熊本洋学校第2回生)や遠山院長(同第5回生)に連れられて花岡山に登り、熊本バンド39周年奉教記念会に参加した。
そして、100年後の今年15年1月30日に花岡山で行われた「熊本バンド139周年記念・早天祈祷会」では、九州学院理事長の長岡立一郎牧師が奨励を行った。阿部英樹第9代院長をはじめ、宗教部の敬愛会や白羊会の生徒、キリスト教主義大学に進学する生徒たちが参加した。一同、讃美歌を合唱し、ヨハネによる福音書10章「イエスは良い羊飼い」が読まれ、「奉教趣意書」が高らかに奉読された。「百年の想い世代を超えて」(創立百周年キャッチ・フレーズ)、九州学院のキリスト教精神は引き継がれているのである。 91(平成3)年創立80周年を機に男女共学に移行し、2003(平成15 )年には中学校新校舎( 4号館)を竣工。名実共に文武両道の教育を実践し、勉学面でも人間教育の一環としての部活動でも、着実に実績を上げ躍進している。
写真=クリスマス・イルミネーションの様子
11(平成23)年、創立100周年記念式典を挙行し、「歴史資料・情報センター」を設置。翌年には、100年の歩みを「九州学院とその時代」として俯瞰し学院の新世紀へと継承する『九州学院百年史』を刊行。「歴史資料・情報センター」のホームページ(URLwww.kyugaku.ed.jp/aic/)も開設し、貴重な歴史資料と情報の発信に努めている。同窓会活動も盛んで、未来を担う人材育成のために「九州学院ナルドの壷」基金を設け運用している。
学院の建学の精神は、100年を超える激動の時代の歩みの中でキリスト教主義教育の根幹として揺るぎなく受け継がれ、地の塩・世の光としてそれぞれのミッションを生き、社会のあらゆる分野で活躍する数多の「善き人々」を輩出してきた。その数は3万人を超え、現在も「熊本バンド」発祥の地で、中学327人、高校千85人の志高い男女が学んでいる。聖書のメッセージと讃美歌で始まる学院の日々は、それぞれの希望に満ちた未来の物語への活気溢れる序章となっているのである。(記・藤本誠=九州学院中学・高等学校教頭)



