熊本地震支援報告会 熊本地区信徒宅被害大 大分地区4教会建て替え必要 「一人も関連死出さない」と

4月14日と16日に震度7を観測した2度の大地震は、熊本、大分で甚大な被害を及ぼした。熊本市によると、この地震による死者数は69人、行方不明者1人、いまだに5千人を超える人々が県内105か所の避難所で避難生活を強いられているという。震災直後から支援活動を開始し、被災した人々に寄り添う活動を続けてきたYMCA、CWS、防災・減災・災害支援を超教派で行うキリスト教系支援団体ネットワーク「Japan Ecumenical Taskforce for SAIGAI(JETS)」の働きを聞こうと8月2日、「熊本地震支援報告会」(日本クリスチャンアカデミー関東活動センター〔NCA〕、日本YMCA同盟、CWS Japan共催)を、東京・新宿区西早稲田の日本キリスト教会館で開催。日本YMCA同盟から光永尚生(研究所所長)、山根一毅(協力部門国際担当主任主事)の両氏、日本基督教団から加藤誠氏(世界宣教幹事)、CWS Japanから小美野剛氏(事務局長)が現地報告をした。 【中田 朗】

最初に、報告会の提案者であるNCA運営委員長の戒能信生氏(日基教団・千代田教会牧師)は、「今回の熊本地震、その支援・救援活動は、熊本YMCAが全国YMCAの協力のもとに進めていると聞いたが、首都圏の人たちはその実際を知らない。今、私たちが何をし、何をしなければならないのかということのために、報告の場が必要だと考え、この集会を計画した」と開催の経緯について述べた。
光永氏は「熊本地震と熊本YMCAによる支援活動の概要」と題して報告。「2日目に私と山根さんは益城町にいて本震を経験し、私は腕に怪我をした。益城や阿蘇はほんとうにひどい状態。熊本城の中にある熊本YMCAで支援対策本部を立ち上げた」。熊本YMCAが管理する益城町総合運公園には、「全国から千人以上のボランティアが駆けつけ、YMCAのビブスを着て支援をした。この応援は今も続いている」という。DSC_0083
今回の地震の特徴として、①震度6弱以上の地震が1週間の間に7回(うち震度7が2回)も襲った、②余震回数が過去最高を記録、③震度7の前震では倒壊を免れた家屋も、16日深夜の本震で次々と崩れ落ちるという事象が数多く発生した、を挙げた。
今後の課題としては、①益城町総合体育館の避難所としての支援活動と運営=今も800人が滞在し、様々な課題が発生している、②御船町総合スポーツセンターの最終避難所運営=現在も200人の滞在が続き、課題も発生している。③阿蘇YMCAによる阿蘇地域のボランティアセンター活動、④熊本YMCA14施設の運営の健全化、を挙げた。
加藤氏は、「熊本地域の教会の被災状況について」と題して報告。日本基督教団は14日の地震を受け15日に救援対策委員会を設置。加藤氏が派遣された。加藤氏は16日朝の本震も体験したという。
加藤氏は熊本地区と大分地区の教団の教会を訪問。熊本地区は信徒宅の被害が甚大で、全壊5軒、半壊13軒。「九州地区としては全壊家屋には20万円、半壊家屋には10万円に見舞金を出すことに決めた」という。大分地区は教会の被害が甚大で、4つの教会が建て替えざるを得ない状況。加藤氏は「東日本の経験を生かし、連携できるところは連携し、力を合わせて、教団がこの災害に少しでもお役に立てればと願っている」と結んだ。
山根氏は「益城町総合体育館〜避難所運営からの学び〜」と題して報告。「14日の初震後、体育館の指定管理者である熊本YMCAスタッフが館内の状況を確認し、私と光永が入った時には、すでにメインとサブアリーナは閉鎖されていた。天井が一部破損したメインアリーナと建物の2階部分(サブアリーナ含む)は避難に不適切と判断し、1階部分だけに入れた。益城町では供給より排泄の問題のほうが大きかった。仮設トイレがあったからよかったが、使えない高齢者も多かった」
「支援に入った様々な分野の専門家を活用しながら、一人も関連死を出さないという誓いをみんなでした。本震の2日目には1日3回の避難所内関係者ミーティングをスタートし、我々ができることを全体で確認した」。
被災後3か月の今は、「もの」から「人」、「太く短い」から「細く長い」、「与える」から「共に行う」支援に移行しつつあると結んだ。
小美野氏は「熊本地震を風化させないために〜今後の防災への教訓〜」と題して報告。「各団体、教会などの関係により生み出す力が社会を変革し、課題解決が可能になる。それを作り出す一つの手段がパートナーシップ。だからCWS Japanはネットワークにこだわる」とし、現場の状況を人の顔を見せながら伝え、フォーラムなどで学んだ教訓を未来の防災・減災活動に活かし、平時からのパートナーシップで価値を最大限化する、と結んだ。