熊本・大分地震から1年。倒壊家屋撤去や食糧支援などが一区切りし、被災者の多くは避難所から仮設住宅へと移っていった。支援も物的から心のケアに重心を移していく時期でもある。そんな中、歌を通して慰めと励ましを届けようと、クリスチャンアーティストらが熊本・大分の被災地を訪れコンサートを行った。記者は4月14日から16日まで熊本を訪問。その間、熊本の今の状況とともに仮設住宅の集会場や避難所の施設などでコンサートの様子を追った。【中田 朗】
「涙で濡れた地 希望の花咲くように」 福音歌手 森 祐理さん
阿蘇山の麓にある、風光明媚な熊本県南阿蘇郡高森町。記者が訪れた14日は晴天で桜も満開と、まさに春爛漫だ。その高森町にある知的障がい者施設「高森寮」で、森祐理さんのコンサートが行われた。当日は入所者だけでなく、被害が大きかった南阿蘇からも被災者が訪れた。
「太平洋戦争が終わった後、みんなが立ち上がることができたのは歌の力でした。『りんごの歌』で日本中が元気になったのです。あの地震から今日で1年、歌が立ち上がる力となりますように」。そう言って「りんごの歌」を歌い始めると、会場は手拍子で盛り上がった。
「この1年、よく頑張って来られました。それでもまだ1年。一日一日、今よりも笑顔になれるよう歩いてください。涙も心のお薬。思う存分泣いて、もっと元気になって、またもっと笑顔で会いましょう。涙で濡れた地から、希望の花が咲きますように」。そう言って「花は咲く」を歌うと、皆が涙を拭いながら一緒に口ずさんだ。「最初は無表情だったお婆さんが、最後は大泣きして『ありがとう、ありがとう』って。こちらのほうがプレゼントをいただいた気がしました」と森さんは喜ぶ。
当日のアシスタントは豊世武士牧師(バイブル・プロテスタント・熊本東聖書キリスト教会)の娘の豊世美文さん。ちょうど1年前、地震で倒壊した教会兼自宅に5時間閉じ込められたが奇跡的に救出された人だ。その美文さんは、九州キリスト災害支援センター(九キ災)のボランティアとして、クリスチャンアーティストたちのお手伝いをしていた。
「地震直後はいろんな人たちから励ましの言葉をもらい、また祈っていただいた。震災を機に、いろんな人との出会いがあった。それまでいい加減だった信仰生活がガラッと変わった。自分にとって大きな転機だった」。美文さんは、そう話してくれた。
コンサートの後、単立・高森キリスト教会の菅原雅子、亮夫妻の案内で、16日の本震で崩壊した阿蘇大橋の現場を見学。現場は今も通行止めだ。1年たった今も岩肌がむき出しの崩壊現場からは、当時の地震の揺れの激しさが伝わってくる。
阿蘇大橋が崩壊したことで、「熊本市内からの支援が来にくくなった」と亮さんは話す。「熊本市内からの支援は山を越えないと来られない。地震直後は宮崎、大分ルートから、またはグリーンロードを通って、支援が来た」
高森キリスト教会は4月25日から5月9日まで、九キ災の支援拠点「高森ベース」の役割を果たした。ベースがなくなった後も、「九キ災から定期的にボランティアが送られてきた」と話す。
15日の午前中は、熊本空港のすぐそばにあるテクノ仮設集会場で、森さんのコンサートが行われた。テクノ仮設は県内最大で、約500
このコンサートで森さんは「故郷」を歌った後、「私たちの国籍は天にある」と話した。「私たちの本当の国籍は天国。これは本当に大きな励ましです。地上の故郷がなくなっても、天上の故郷が待っていると思うと、元気が出て来る。阪神淡路大震災で亡くなった弟が『天国で待ってるよ』と応援してくれています」
当日、司会を担当した九キ災熊本ベース看護師の山中弓子さんは、「日中、若い人は働きに出るので、いない方が多い。そのため、イベントしても集まらない、戸別訪問しても把握しにくいという難しさはある。1年たっても必要はいっぱいあるので、働き手をどんどん送ってほしい」とアピールした。
森さんは、熊本の教会合同でのイースターコンサートを含め3日間で6つのコンサートを行った。




「熊本の皆さんをずっと忘れないよ」 ゴスペルシンガー Migiwaさん
14日夜には、「熊本地震 1年経過の集い」(熊本YMCA主催)が、震災直後、被災した人たちの避難場所になった御船町スポーツセンター(上益城郡御船町)で開催された。御船町では、震災発生から1か月後の昨年5月14日から、「被災者のつどい」を毎月開催。「熊本地震1年経過の集い」は、その最後の「被災者のつどい」として開かれた。
最初にパワーポイントで1年間の歩みを振り返った後、御船町の藤木正幸町長が挨拶。震災後、1か月目の集いがあり、その時挨拶した言葉を振り返った。「私が皆さんに申したのは『振り向くのはやめて、前だけ進もう』。実際、皆さんは前だけ見て進んで来られたと思う」
しかし、「また次の一歩を踏み出さなければならない」とも言う。「私たちはスタートラインに立ったのと同じ。お金をかければ復旧はできるが、人は心がつながらなければ復興にたどり着けない。これからは私たちの復興の見せ場。共に手を取り、頑張っていきましょう」と励ました。
記念コンサートでは、震災以降、熊本に来るのは4回目と話すゴスペルシンガーのMigiwaさんが歌った。最初に「この1年、とても大変なところを通られたと思います。ちょうど一年になる今日は、特に胸が痛くなる方もおられると思います。音楽を通して少しでも痛みが和らげば」と、「ジュピター」を歌った。続いて「上を向いて歩こう」、星野富弘さんの詩に曲をつけた「背中」、「東北の仮設住宅のお爺さんに教えてもらった」という演歌の「北国の春」、熊本の歌「火の国旅情」などを熱唱した。
Migiwaさんはこう語る。「震災から何か月もすると、だんだん熊本のことが報道されなくなって、熊本の皆さんはどうしているのだろうと思いました。熊本に来るたびに、手つかずの倒壊した家々があります。復興と言いながらまだまだなんだなと。忘れてはいけないと、毎日、熊本の皆さんのために祈っています」
「世界中で、皆さんのことを忘れずに祈っている方がたくさんいます。まだまだ大変なことがたくさんあると思いますが、祈っている人がいるんだと、ちょっとでも思い出してくれたらうれしいです。私も皆さんのことを忘れません。これからも祈り続けます。熊本の地にまた来たいと思います」。そう語った後、被災地に来るようになってから作った歌「忘れないよ」を披露。最後のフレーズを「熊本」「御船の皆さん」と置き換えて「ずっと忘れないよ」とテンポ良く歌い上げると、会場から拍手と「アンコール」の歓声が上がった。
コンサートの後、御船小5年生の坂本一樹さん、御船中学1年の本田レイナさんが「復興に向けたメッセージ」を、また御船町「あおぞらキャンプ(被災児招待キャンプ)」参加者が「僕たち私たちは、地震で傷ついた御船町をもとの姿に取り戻すためにみんなと協力します」などと、誓いの言葉を唱和。震度7の前震が発生した午後9時26分には、犠牲になった人々を覚え祈るとともに、1日も早い復興を願い、1分間の黙祷をささげた。
そのほか、クリスチャンシンガーの吉村美穂さんが、熊本ベテル教会や益城町の仮設等でコンサートを行った。
