
「愛は、あきらめない」。横田早紀江さんの著書のタイトルである。当時中学一年生だった娘のめぐみさんが新潟市の自宅近くで行方不明になったのは、1977年11月。北朝鮮による拉致が判明したのが1997年。この間、早紀江さんは夫の滋さんと、めぐみさんの捜索と救出のために日本国中を奔走、時には海外にも赴いて、拉致被害を訴えてきた。その思いがかなわぬまま、この6月に滋さんは天に召されたが、早紀江さんは今日もめぐみさんの帰還を信じて、あきらめることなく、祈り続けている。
─めぐみさんが拉致されてから、43年が過ぎました。
あまりにも長いですね。これだけ多くの政治家がおられて、何でまだ、国家犯罪による拉致被害者を全部連れ帰ることができないのか。飛行機で行けばすぐの国です。実際行き来している人もいるのに。何か知恵が出ないものかと思います。でも何も変わらなかったわけではありません。むしろ大きく変わってきました。最初は何も分からなかったのですから。それが、23年前には北朝鮮による拉致だということが分かって、小泉首相の時に5人帰ってきた。あの時は、被害者家族みなが望みを持ちました。でも全員を取り戻せなかったことが残念でした。
─拉致問題を「政権の最重要、最優先課題」と言っていた安倍首相は、病気を理由に辞任してしまいました。
安倍さんはよくやってくださいました。お父様の秘書をしていた時代からです。やり方が悪いという声もありますが、どこへ行くにも「救う会」のブルーリボンバッジを付けて行き、外国の人にそれは何かと聞かれると、説明して協力を求めてくれた。そんな総理大臣は他にいなかった。拉致被害家族は、みな安倍さんに信頼し、期待していました。いろいろやってくださっていたと思います。表に出てこないようなこともあるでしょうし、少しでも事前にもれたらその話はなくなり、向こうの国の担当者も危険になる。もしかしたら、子どもたちに危険が及ぶかもしれない。そういう国が相手ですから。
ご病気での辞任ですから、どうしようもない。ご本人は不本意でしょうが、今までの経験がありますから、助言はできるでしょうし、今後も新総理と一緒に取り組んでほしいです。
─拉致が判明する前の20年間は、その後とはずいぶん違ったのだろうと思います。
めぐみは煙のように消えてしまいましたから。その日も、少し遅いなと思いながら、じきに帰ってくると思っていました。心配になって中学校まで見に行ったら、体育館に電気がついていて声がしましたから、少しほっとして、帰ろうかと思ったのですが、せっかく来たのだからと中をのぞいてみたら、生徒はいなくて、ママさんバレーの人たちが練習していました。血の気が引きました。校門の守衛さんも「もうとっくに帰りました」と。
その日は近所で変なことが起きていたんです。親しくしている奥様が、昼間に普段見かけない車から手招きされたり、高校生のお嬢さんが、海辺のほうから来た二人の男に後を付けられたり。うちの子は、多分その30分くらい後でした。いつも5人くらいで帰ってくるんですが、たまたまその日、家の前まで一緒に帰ってくるお友達がいなくて、ついそこの角で他の子と別れて、一人になってしまって。あの日は本当に気持ちの悪い日でした。そのお友だちのお母さんも「もしかしたら自分の子だったかもしれない」と、いつも思っていらっしゃいます。
その頃は、毎日泣いていました。海でやられたのかもしれないと思えば捜しに行ったり、大きな声で名前を呼びながら走ったり、ちょっとでも気になること、思いつくことがあれば、必ず調べました。何でこんなことが起きるのか、自分が悪いのか、先祖が悪いのかと、人間はそういう時ろくなことを考えませんね。どうしたらこの苦しさから逃れられるのだろうと、海が近いから、そこにはまって死んでしまえば楽になるとも考えました。ふらふら海辺を歩いていると、主人と息子たちが心配して飛んできて「何してんの!」というようなこともありました。

そんな時に、聖書を持って来てくださった方がいて、「ヨブ記を読んでね。苦しみに関する話だけど、何かわかるかもしれないから」と。でも長い間読まなかった。こんなに分厚い本を、こんな時に読めないと思いました。うちにいても寂しいだけ、雪が降ってくるとまた悲しくなる。本当にもう生きていたくないですよ。もう一人のお友だちが、盲人の癒しの話をしてくれた。「神のわざが現れるため」。それを聞いたときは難しくてわけがわからなかった。その人も「難しいね」と言って、「でも、いい言葉だから、こういうこともあるんだと、いつかわかるよね」と慰めてくれました。あの言葉には救われました、悲しみの原因はなくなりませんでしたけれど。
それから、以前教えられたヨブ記を読みました。一気に読んでしまいました。「そうです、そうです、そうなんです。この苦しみなんです、今の私の苦しみは」と言いながら。本当に私にぴったりのヨブの苦しみが、ガンガンと入って来た。これはすごい本だなと思って、強烈なショックでした。でも、大泣きしながら読んだのですけれど、今までのどうにもしようがないと思いつめていた気持ちが、ふわっとなって、ちょっと緩んで、「こういうふうな神様がいらっしゃるんだ」と。私など日本の神様ばかり拝んできた者ですから、聖書を読んで感動したものの、「へえー」と思って、それを「神のわざが現れるため」というのは難しい言葉だけれど、そういうこともあるんだろうかと、いろいろ考え出すようになって、そこからだんだんとみことばに引き込まれ、教会にも行くようになりました。
─教会では祈りの会が生まれました。
祈りの会の支えはいちばん大きいです。この40何年間、つらいけれど、みなさんに祈っていただきながら生きてきました。祈りがどういうものかも深くわかりましたし、そういう中で生きてきたことが、本当に感謝です。神様の御手の上に守られていて、「大丈夫だよ」っていつも導いてくださる方がいらっしゃる、イエス様に出会っていなかったらどうなっていただろうと、本当にそう思います。こんな平安をくださっているのだから、もう何があっても、御言葉だけには忠実に歩めるようにしてくださいと、祈っています。
めぐみのことをいちばん気にかけて、見ていてくださるのも神様です。だから平安でいられます。この子を生かさなければ、と神様が思われるなら、生かされるだろうと信じています。めぐみが、キリスト教のことを話していたことがあるんです。教会に行くようになって思い出したんですけれど、いなくなる直前の9月頃、部屋に入って来て、ふいに「お母さん、キリストって、信じられる? 私はなんか信じられるような気がするわぁ」って。お隣のお嬢さんが聖書を読み出したということを聞いてましたので、その人から聖書の話を聞いたのだと思います。神様って、どこで御言葉を与えられるかわからないですね。私の主人もあの頃は教会を嫌っていて、「なんでそんなばかばかしいところへ行くんだ」と怒鳴っていましたが、最後は自分から「信じます」と言って、洗礼を受けたんですから。
「神のなさることは、すべて時にかなって美しい」。神様はすべてご存知です。本当に信じられないことが起こります。それがいつかは分かりませんが。
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