映画「パーソナル・ソング」――大好きな歌を傾聴するだけで認知症から脱却できるリハビリ療法
映画「パーソナル・ソング」――大好きな歌を傾聴するだけで認知症から脱却できるリハビリ療法
根本的な治療法は、まだ確立されていない認知症。医療としての投薬治療ではないが、日本で開発された脳トレーニング法や本作のように音楽療法を取り入れたリハビリテーション療法として認知症から脱却し、その人の人格を重んじ、脳機能を回復させるアプローチが紹介されている。本作のキャッチコピーは、’1000ドルの薬より、1曲の音楽を!’。その人の好きな音楽が何よりの特効薬のようになる。その驚きの効果と音楽が持っているすばらしい根源的な力を思い知らされるドキュメンタリーだ。
認知症は、記憶や判断する能力が後天的に障害を受け日常生活に支障をきたす状態のことで、脳が委縮して起こるアルツハイマー病のような病名ではない。アメリカでは、認知症の人がおよそ500万人以上いるといわれる。医療制度によって対処されるため、患者として施設に入院しての投薬療法と看護が中心になる。
一日中、施設内のベットかリビングの椅子や車椅子に座っているだけの日々。ほとんどの人が自分の生年月日も家族のことも忘れていて、表情にも生気がない。
94歳の黒人男性ヘンリーは、認知症で10年以上も施設で暮らし、車椅子に座りうなだれたままの姿勢でほどんどしゃべることもなく一日を過ごしている。若いときに教会の聖歌隊で歌っていたという彼にiPodでウォルター・ホーキンス(1949―2010年。ゴスペルシンガーでラブ・センター・チャーチを創立した牧師。’80年にグラミー賞受賞)のゴスペル曲’Goin’ Up Yonder’を聴かせると、瞬間に表情が変わり歌い出した。曲が終わった後も、若い時に一番好きだったアーティストは、1930-40年代にスキャットジャズで有名になったシンガーで、ディジー・ガレスピーやレオン・’チュ’・ベリーらを擁した人気ジャズバンドのリーダーだったキャブ・キャロウェイ(1907―1994年)と答える。長年寡黙だったヘンリーが、iPodを聴きながら表情豊かに歌うヘンリーを見て、施設の老人たちの表情も雰囲気も和んでいく。
2年間躁うつ病を患っているデニースや、施設には入らず自宅で夫と暮らす初期認知症のメリー・ルーなど、いくつかの実例が紹介されていく。好きな曲を聴くことの変化だけでなく、映画「レナードの朝」の原作者オリーバー・サックス医師は、音楽が人間の感情に訴え、脳のさまざまな領域に届いて当時の記憶をよみがえさせる有効性を語る。また、’Don’t Worry, Be Happy’でグラミー賞を受賞したミュージシャンのボピー・マクファーリンは、あるシンポジウムのステージで人間が音楽と深くつながっていることを観客とリズムと音程を取っていく実験で体感させるシーンも印象的だ。
‘薬では心の治療はできない。だが音楽には力がある’。ペネット監督は、初めてダン・コーエンの実験を観てから取材を始め、3年かけてこのドキュメンタリーを完成させた。その間に、ダン・コーエンは、NPO「ミュージック&メモリー」を立ち上げ、施設で実施できるようデジタル音楽プレイヤーの改良やインストラクターを養成している。本作でも、そのプロセスの一端が描かれている。
ふと、躁うつ的なサウル王の心をダビデの竪琴がいやし、ふさぎ込んだ心に力を与えた聖書の記事を思い出す。生活の中での音楽とのかかわり方には、米国と日本では異なる面もありアメリカでのような劇的な変化がストレートに現れるかどうかはわからない。だが、抗精神病薬など投薬の多用よりも、はるかにリスクの低い認知症の対応策として’音楽の力’をもっと信頼したくなった。 【遠山清一】
監督・脚本:マイケル・ロサト=ペネット 2014年/アメリカ/78分/原題:Alive Inside:A Story of Music & Memory 配給:アンプラグド 2014年12月6日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開。
公式サイト:http://personal-song.com
Facebook:https://www.facebook.com/personal.song.jp
2014年第30回サンダンス国際映画祭観客賞、ミラノ国際映画祭最優秀監督賞、第41回シアトル国際映画祭ドキュメンタリー賞、カルガリーアンダーグラウンド映画祭観客賞、バークシャー国際映画祭観客賞受賞作品。