【詳報】説教が「満たされない」「届かない」・・・語り手、聴き手の“ズレ”とは

【詳報】説教が「満たされない」「届かない」・・・語り手、聴き手の“ズレ”とは

「説教で満たされない」「届かない」…。聴く側、語る側の“ズレ”とは何なのだろうか。教会で語られづらいこのテーマを、説教者と、聴き手としての教会役員、社会人、Z世代、牧師の妻が言葉にする試みがあった。

「説教の聴き方」をテーマに第17回OCC首都圏宣教セミナー(OCC首都圏宣教推進協力会主催)が東京・千代田区のお茶の水クリスチャン・センター(OCC)で開かれた。『説教の聴き方』(教文館)の著書をもつ朝岡勝さん(同盟基督・多磨教会牧師)の講演を受け、パネルディスカッション、分科会、質疑応答で議論を深めた。

説教は聴衆のものでもある

同セミナーは、春に牧会者向け、秋に教会役員向けの内容で実施してきた。司会の大嶋重徳さん(鳩ケ谷福音自由教会牧師)は、「各セミナーで問われ続けてきたことは、役員とは何より良き説教の聴き手である、ということ。説教は牧師だけのものではなく、聴衆のものでもある。説教を教会の営みとしてとらえたい」と集会の趣旨を語った。

「聴き手」の方が多い

朝岡さんが、『説教の聴き方』を執筆したきっかけを語った。「説教学の本を読むと、説教というのは説教者と語り手の共同作業、と言われるが、ずばり説教の聴き方を論じている本が少ないと感じた」という。「『語り手』(説教者)より、『聴き手』(会衆)の方が圧倒的に人数は多い。そもそも説教者も聴き手の一人でもある。『説教の聴き方』について、考えてみる価値があるのではないか」と思った。

もう一つきっかけとなった経験は、これまで全国300以上の教会を訪ねて感じたことだ。「説教で満たされない」と感じる信徒がいる一方、牧師は、「一生懸命に語っているが、説教が伝わらない」と悩んでいることをみてとった。

『説教の聴き方』では、「語り手」と「聴き手」の〝ズレ〟の現実を直視した。「『語り手』と『聴き手』が安心して分かち合える場が必要だが、その呼び水となる本にしたい。ぜひ読書会など催して、使い倒してほしい」と勧めた・・・

(次ページ[下部ボタンから]で、「説教の『ねばならない』と『できない』」、「説教を『聴く』準備から応答まで」、「牧師に説教の感想を言ったら・・・」、「役員の第一の奉仕は説教を聴くこと」、「牧師を孤立させないで」、など約4500字)

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