前回第2回で取り上げた、PK(牧師の子)によるPKのための集まり「マッシュポテト」。昨年夏の集会でメッセージを語った古波津真琴さん(COG・川崎キリスト教会主任牧師)に話を聞いた。

PKへ伝えたいことは
痛いものは「痛い」と言って良いと思います。悲しかったことを「悲しかった」と言わなかったら、「悲しむ者は幸いです。その人たちは慰められるからです」(マタイ5・4)のみことばを体験できない。すると悲しみは怒りに変わっていき、「自分は不遇だ」というだけの結末になってしまう。
PKであることに恵みを見いだせず、怒りすら感じている人がいるなら、「悲しかった瞬間を分かち合える相手がいなかった」ということが悲しいことだと、私は思います。人としてちゃんと悲しめているか、痛かったと言えているか、慰めてもらえているか、聖書が導き出している優しさにあずかっているかどうか。これが、PKかどうかではなくクリスチャンとして、生きるのに必要なことではないでしょうか・・・
(次ページ[下部ボタンから]で、PKの周囲の人への勧め、古波津さん自身の証し、など)
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