アンシュル・チョウハン監督:
1986年北インド生まれ。陸軍士官学校で訓練を受け、大学で文学士を取得した後、2006年からアニメーターとして働き始める。2011年に東京へと拠点を移し、アニメ―ターとして働く傍ら自主制作への情熱も芽生え、2016年にKowatanda Films(コワタンダ・フィルムズ)として活動開始。これまでに短編映画3作と長編映画「東京不穏詩」(18)、「コントラ」(19)を完成させ、本作「赦し」が3作目の日本語長編作品の公開上映。

17歳の時、同級生の樋口恵未(成海花音)殺害の罪で懲役刑20年に服している福田夏奈(松浦りょう)。だが7年後、自分の罪と向き合い悔悛し受刑態度も良好と判断され夏奈は、社会復帰を望んで当時の裁判審理に事実誤認があるとして佐藤匠弁護士(生津徹)の協力を得て再審請求を起こす。被害者・恵未の父・克(尚玄)未だ夏奈に対する憎悪は根深い。母の澄子(MEGUMI)は、いつまでも事件を引きずる克と離婚し、被害者家族のグループカウンセリングで出会った岡崎直樹(藤森慎吾)と再婚していたが、克に引き込まれ母親として証人に立つことになる。被害者の遺族である両親は夏奈の悔悟を受け入れて彼女を赦せるのだろうか。また夏奈がなぜ再審請求したのだろうか。加害者と被害者両親それぞれの葛藤を描いた映画「赦し」。本作が日本で3作目の長編作品というアンシュル・チョウハン監督に話しを聞いた。【遠山清一】

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罪の悔悟から生き直そうと
望む夏奈役の松浦りょう

―― 作品を観て、少年犯罪とはいえ殺人者の夏奈、被害者の両親・克と澄子それぞれの立場から葛藤が熱演されていました。なかでも夏奈役の松浦りょうさんの演技が強く印象に残りました。彼女も長編作品の主役級での出演は3作目になりますが、彼女とは3回オーデションを重ねて納得のキャスティングと聞いています。演出されての印象はいかがでしたか。

チョウハン監督 松浦さんとは「コントラ」(監督の前作、2019年製作)上映館で初めて会いました。コロナ禍でマスク着用でしたが目の強さが印象的でした。今回の夏奈役のキャスティングで真っ先に思い浮かんだ女優さんでした。現場での彼女は、ほんとうに徹底的に準備して臨んでくるので、僕もびっくりするような演技をしていました。撮影のリテイクは一番少なかったです。ルックス的には独特の雰囲気があるので、おっしゃるようにキャラクター俳優としての可能性は存分にあると思います。どんな映画監督さんにもお薦めしたいですし、前途有望な女優さんだなと思います。

聖書からインパクトのある問いかけ「人を赦さないならば、
あなたがたの父も、あなたがたの過ちを赦さないであろう」

―― この作品の予告画像やフライヤーでは、新約聖書のマタイの福音書6章15節にあるイエス・キリストのことば「人を赦さないならば、あなたがたの父も、あなたがたの過ちを赦さないであろう」(口語訳)の一節が使われインパクトのあるキャッチフレーズになっていますね。

再審裁判の判決を受ける夏奈(松浦りょう)

チョウハン監督 そのキャッチフレーズは、日本の宣伝サイドからの提示でした。強いメッセージなので、最初は「う~ん?」と躊躇しましたが、この映画で伝えようとしていることと合致していますし、描かれている登場人物たちの行動とも一致しているので今は、ありがとうという気持ちです。僕自身はクリスチャンではありませんので聖書についてのコメントはできません。
国際セールス用の予告動画には、「ひとつの殺人事件、牢獄に入った3人」のキャプションがついていますが、このことばが、この作品の本質をよく表わしています。殺人罪で監獄の檻の中に入れられたのは夏奈ひとりです。だが、被害者の父親・克は深い喪失感から作家活動もせずに酒浸りの日々を過ごしています。また、母親の澄子も克と別れて再婚しましたが、やはり過去が忘れられないでいる。この作品では、物質的にも心理的にも“牢獄”の中にいる3人の心模様を描きたかったのです。
邦題は配給、宣伝のチームと話し合って決めました。“赦し”は本作の重要なテーマですが、僕自身は人間が他者を赦すことは容易でないと考えています。再審の判決が下されたあと、克が廊下のドアから夏奈を覗き見ている視線に彼女が気づくシーンがありますが、この描写にはひょっとすると彼はまだ復讐を諦めていないのかもしれない、というニュアンスをこめています。つまり僕は克が“赦した”というハッピーエンドを描きたかったのではなく、「人は人を赦せるのか」という問いの答えを観客の皆さんそれぞれに委ねたかったのです。

ストーリー展開で顕される
人間の二面性にも着目

―― 犯行動機の真相が事実誤認の審理過程で夏奈の成育史や学校でのいじめっ子・いじめられっ子の関係も明かされていく。事件の動機の謎と両親も知らなかった被害者の二面性が浮彫りにされていますね。

映画「赦し」ポスター
(C)2022 December Production Committee. All rights reserved

チョウハン監督 人間の二面性についても描いています。学校でのいじめっ子・いじめられっ子は、親と学校での出来事を情報共有ないですよね。私自身いじめられていた経験がありますが、恥ずかしくて親とは情報の共有できませんでした。夏奈と被害者の二面性と同時に、澄子のキャラクターにも二面性はあります

―― 澄子は、克と離婚した後、岡崎と再婚して一歩でも前に進む人生をと思っているのに、再審をきっかけに克の引き戻そうとする力に引きずられるところがありますね。裁判所を出ていく克と澄子のラストシーンも印象的でした。

チョウハン監督 (裁判所の前庭の芝生を四角に区分している石畳みに沿って曲がりながら克の後を就いて歩くラストシーンの)澄子は、克の後を追うか、自分はどうしたらいいか分からないところがある女性として描いてます。結構、象徴的なシーンなんですが、克がどんなに複雑な道を歩んだとしても澄子はすーとついていくのかなぁという感じは、意図としていますね。一直線の道ではない。この二人を含めて、山あり谷ありの紆余曲折の映画です。

―― ありがとうございました。

監督:アンシュル・チョウハン 2022年/98分/日本/日本語/映倫:G/英語題:DECEMBER 配給:彩プロ 2023年3月18日[土]よりユーロスペースほか全国順次公開。
公式サイト https://yurushi-movie.com