
人工知能(AI)などの情報技術、細胞工学、生命技術など。人間や社会の根幹を変えるような技術の実用化、高度化が世界で進む。だが法や倫理は追いついていない。生活の隅々にまで影響を与えるテーマだが、専門知識がなければ、一般の人々が取り組むのは困難だ。これらの先端技術がもたらす未来について、アートを用いて可視化した展示が東京・港区の森美術館で開かれている。「未来と芸術展:AI、ロボット、都市、生命——人は明日どう生きるのか」(3月29日まで)だ。

展示された作品は、専門的知見を踏まえたもので、社会を革新的に変えるものだが、遠い未来のものではない。すでに実現しているものもある。都市、建築、ライフスタイル、身体、社会と人間といったテーマで構成。マクロからミクロにテーマが移るにつれて、不穏な空気がただよってくる。
本展示の出発点は、1960年代に提唱されたメタボリズム(新陳代謝)建築への注目だった。現代の情報技術と新素材をもってすれば、それらが実現可能になってきているのだ。メタボリズムは、本展を貫くキーワードと言えるかもしれない。物質と生物、生物と人間の境界線を問うものだった。
身体や社会と人間の部門にいくと、倫理観が揺さぶられる。体温調整皮膚や延長骨など、身体能力を増強した赤ちゃんの模型は「『変容』シリーズ」(アギ・ヘインズ作)というタイトル。神の領域に踏み込む未来を暗示する。ほかにも動物と人間の交配を問うもの、遺伝子的に3人の親を持つ子どもを巡る議論、孤独死する人のそばで、「わたしがいます。慰めてあげます」と語るロボット、フェイクニュースや監視社会を可視化する作品などがあった。
展示全体を通して、企画者の南條史生氏(前森美術館館長)は、「テクノロジーの未来を肯定するのでも、否定するのでもない。確かなことは、今わたしたちの判断で未来が作られていくということ。今きちんと判断しないと悲劇的な未来が待っているかもしれない」と話した。神中心から人間中心という近代の変化をたどり、現代では、「人間と環境、生物が等価となっている」と指摘。「人間の価値とは何か、人間が人間である条件とは何か」を問うた。
最後の二つの作品は、特に宗教的な問いかけを感じさせた。「深い瞑想:60分で見る、ほとんど『すべて』の略史」(メモ・アクテン作)は、インターネット上の写真共有サイトの写真をもとに生成。ビッグデータをもとに、地球の歴史を1時間で見るといったコンセプトだ。アクテン氏は「ここに愛、信仰、儀式などの姿を見る。これは私が作ったものではない。人々の主観を人工知能が集積して形にしたものだ。つまりこれは皆さんが見たがっていたものだ」と述べた。
最後の作品は、トルコの遺跡で発掘された構造体をモチーフにした「データモノリス」(アウチ作)。構造体の模様や環境条件をAIが解析し、映像を生成した。古代と現代、未来をつなぐメッセージがあった。
南條氏は、「創造のフロンティアではアートと科学の境界線が消滅している」と述べ、現代は「哲学的思考とアートの批評的洞察が必要な時代」だと語る。
今年、政府はAIや生命科学の進展を背景に、哲学、法学分野への研究支援の方針を示した。人類の未来がかかわる技術については、宗教者の役割も期待される。一般に開かれた本展示は、そのようなテーマを大づかみにし、考える場の一つとなるだろう。【高橋良知】
