映画「旅の終わりのたからもの」――ポスト生存者時代における「たからもの」の再定義

ルーシー(右)はこの旅の目的の一つアウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所を訪ねた。だが、幼少時に強制収容され、家族を亡くす悲惨な経験をした父エデクにはなんとも辛い訪問になった。(C)2024 SEVEN ELEPHANTS, KINGS&QUEENS FILMPRODUKTION, HAÏKU FILMS

 第二次世界大戦終結から80年を経過し、戦争跡地やホロコースト跡地を訪れるダーク・ツーリズムの作品が近年公開されている。ホロコーストの生存者の両親に持つオーストラリアの作家リリー・ブレットが父親と旅した実体験をもとにした小説『Too Many Men』を、ユリア・フォン・ハインツ監督が映画化した本作もその一つに位置づけられる。ただ本作は、欧米のキリスト教メディアでは、多くのホロコースト映画が「戦時中の悲劇そのもの」や「生存者の苦しみ」に焦点を当てるのに対して、生存者の父と第二世代の娘に起こる「赦しと和解」のロードムービーとして高く評価されていることに関心を引かれる。

ベルリンの壁崩壊後の西欧を自由に
旅行できたユダヤ人父娘の不和と和解

 映画の舞台は1991年のポーランド。ベルリンの壁が崩壊し、ドイツ再統一直後で西側のユダヤ人がルーツを探れるようになったばかりの混沌とした時代。米国ニューヨーク生まれのルーシー(レナ・ダナム)は、ホロコーストを生き抜いてきた父エデク(スティーブン・フライ)と共に父の母国ポーランドのオケンチェ空港(現在のワルシャワ・ショパン空港)に初めて降り立った。ルーシーの旅の目的は、自身のルーツを探ること。早速、父の故郷ウッチへ向かう列車の切符を買って戻ってくるとエデクの姿が見えない。周囲を見回すと、陽気で人懐っこいエデックが空港で出会ったタクシー運転手ステファン(ズビグニエフ・ザマホフスキ)と仲良く肩を組んでいる。聞けば、列車で行くのは嫌なので車を貸切りにしたという。エデクは、ウッチに行きたいルーシーの気持ちを無視してショパン博物館や観光地へと連れまわす。さすがにルーシーに怒られ、渋々ウッチへと向かい、エデクの父が起ち上げた紡績工場にルーシーを案内する。戦前は従業員が40人もいて繁盛していたことなどエデクがルーシーにする話はすべて初耳のことばかりだ。

 一日が終わり、エデクはホテルのバルコニーから外の通りを見下ろしながら、1年前に他界した妻との思い出を懐かしむ。「ママも一緒に来たかった?」と呟くルーシーに、エデクは「来なかったさ。ポーランドに戻るなんて震え上がる」と静かに言葉を返す。

 翌日、エデクがかつて家族と共に暮らした家に案内した。現在の住人の氏名はウリチというポーランド人。だが、エデクは外観だけ眺めて帰ろうとする。ポーランド語を話せないルーシーは「私はこのために来た」と言ってドアをノックしてしまう。しかたなくエデクが現在の住人ウリチ氏に「家の中を見せてほしい」と交渉すると、「私たちを追い出さないでくれ」と戸惑いながらも招き入れた。「前の住人のものが残っていましたか?」と尋ねるとウリチ氏は「何もなかった」と即答。だが、部屋にはエデクが慣れ親しんだソファがあり、ティーセットはエデクの母の愛用品だった。ユダヤ人であるエデクの一家が1940年にナチスに連行された後、この家族が残された物をすべて横取りしたのだと確信したルーシーは、お金を払ってでも取り戻そうとする。だがエデクが「過去は、過去だ」と言い、止められた。

初対面の人でも、どこでも陽気で人懐っこいエデクは饒舌だが、ホロコーストの経験は微塵も語らなず無口を貫いてきた。 (C)2024 SEVEN ELEPHANTS, KINGS&QUEENS FILMPRODUKTION, HAÏKU FILMS

 翌朝、気持ちがすれ違ったままのエデクとルーシーは、溜まっていた不満をぶつけあう。
エデクはルーシーが離婚して孤独な人生を送っていることが我慢できない。ルーシーは、ホロコーストによって両親に深く刻まれた痛ましい記憶を微塵も共有してくれないことに傷ついていた。ついにルーシーは、エデクに内緒で通訳を頼んだベルボーイを連れてウリチ宅へ行き、ティーセットや銀製の皿やボウル、祖父が着ていた毛皮のコートなど思い出の品々をウリチの言い値で買い取った。

 翌日、アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所へ向かうルーシーに、意を決し付いて行くエデク。なるべく手を加えずに当時の状態で保存しようとしている広い敷地に並び建つ宿舎や崩れ落ちた壁やガス室の痕。エデクは「あの匂いがしないな」と言い、所々で壮絶な経験をルーシーに話す。ホテルに戻った夜、火事騒ぎがあった。ホテルの庭に降りてきたエデクに、ルーシーはウリチから買い取った毛皮のコートをエデクに手渡して部屋に戻った。コートを抱きしめながら初めてエデクは涙を流して泣いた。

 しかし、過去を封印し陽気に生きていこうとするエデクと、すべてを知りたい娘との心の溝は埋まらずに開いていく。ルーシーは、一人でニューヨークに帰ると決心し、エデクに別れを告げる。するとエデクは「やり残したことがある」と宣言し、ルーシーをある場所へと連れて行く…。

不完全な家族に注がれる
「恵み」のロードムービー

 ホロコーストという重いテーマだが、本作はスティーヴン・フライ演じる父エデクの陽気で、時におせっかいで、コミカルな振る舞いによって、絶えず「笑い」と「温かさ」に包まれている。エデクには、悲劇を悲劇としてのみ描かずに「それでも人生は続く」という強烈な肯定感が貫かれている。レナ・ダナム演じる娘のルーシーは、自分のルーツを知るため、厳粛で完璧な旅にしたいと計画していたが、父エデクはそれを極力避けようとする。この「過去を掘り起こしたい娘(第二世代)」と「過去に蓋をして今を生きたい父(サバイバー)」の温度差が物語の核になっている。

 また、このちぐはくで不完全な父娘のロードムービーというシチュエーションが、ホロコーストの歴史を抽象的な「悲劇」としてではなく、ポスト生存者時代に生きる私たちに「現在進行形の課題」として引き寄せている。本作の原題“Treasure”が「たからもの」とひらがな表記されていることで、ポーランドの土の中に埋められた金品ではなく、世代間の対話を通じてようやく見出された「理解」と「和解」という恵み、そして記憶を未来へ繋ぐという「覚悟」そのものを指しているようにも想えて印象深い。【遠山清一】

監督:ユリア・フォン・ハインツ 2024年/112分/ドイツ=フランス/英語・ポーランド語/映倫:G/英題:Treasure 配給:キノフィルムズ 2026年1月16日[金]よりkino cinema新宿ほか全国ロードショー。
公式サイト https://treasure-movie.jp

*AWARD*
第74回ベルリン国際映画祭ベルリン・スペシャル・ガラ出品。トライベッカ映画祭2024 インターナショナル・ナラティブ・コンペティション出品。