
女性で初めて世界最高峰エベレストおよび七大陸最高峰の登頂に成功した登山家・田部井淳子(1939~2016年)をモデルに、人生のための登山を貫徹した女性登山家の意思力と家族との絆を描いたヒューマンドラマ。阪本順治監督は、主人公の多部純子役に吉永小百合、のん(青年期)の二人を配し、主人公が20代から晩年まで山に登る楽しさと挑戦する登山に懸けた情熱、大自然への畏敬、家族関係などを淡々と、しかし深い敬意をもって描いている。
エベレストは登山隊のみんなの成功
だが有名になるのは純子だけ…
75年、新聞記者の北山悦子(天海祐希)は、ネパールへの出発迫るエベレスト日本女子登山隊の準備を取材する。最終段階の用具チェックや訓練に忙しい隊員たち。悦子は副隊長兼登攀(とうはん)隊長の多部純子の自宅を訪問取材する。サラリーマンの夫・正明(佐藤浩市)と3歳の長女・教恵の三人家族。北山は、純子が女性だけでアンナプルナⅢ峰登頂など海外遠征にも協力的な夫・正明の姿勢にも驚嘆する。そして正明の両足の親指欠損を見て、二人が20代の時に山で出会った馴れ初めも聞き取る。「女たちだけでエベレスト登頂を目指すだと」など、当時の観念や理解の弱さから並大抵ではない資金集めの苦労。それでも「必ず登頂する」という日本女性登山隊隊員たちの意志の力強さと真剣さに触れた悦子は、上司を説得してエベレストへ同行取材する。
純子はエベレストで初めて雪崩に埋もれたが、シェルパたちに助けられた。さらに困難は続く。シェルパたちが高山病に罹りガスボンベは予定数より減少し計画に大きな影響をおよぼす。頂上登攀には純子と岩田広江(円井わん)、シェルパの3人がチャレンジしたが、悪天候になりガスボンベが足りなくなり、岩田が降りてシェルパ―と純子が登頂に成功できた。帰国後、純子は「登頂成功は、みんなで登ったと思っている」と語り続けるがマスコミ取材や講演依頼は純子に集中し、日本女子登山隊は離散していく。その後も海外遠征での登頂成功が続く一方で、長男の真太郎(若葉竜也)は、何かと有名人「多部純子の子ども」と言われ“いい子”を強いられることにことに苦しむ。高校生になると両親や姉・教恵(木村文乃)にも反抗的になり自ら中退してしまう。また純子自身も、腹膜がんが発見され、診断は3か月の余命宣告。それでも純子の山に登りたいという意志の力は衰えない。治療には積極的に取り組んで寛解(かんかい)する。リハビリは夫と共に近くの山へゆっくり一歩づつ…。
苦しみや老い、病いとの向き合いに
希望と継続、人間の弱さとの共感性
寛解から転移再発しても純子は新たな治療法・新薬で病気に挑戦し、地域のお年寄りや小学生らとの登山を企画する。東日本大震災後には、東北の高校生のための富士登山プロジェクトを開始して晩年まで励まし続ける。そこに描かれるモデルの生き方には、信頼と忍耐、苦しみの中での生きる尊さという、信仰者にとっても励まされる。
本編から少し離れるが主人公のモデル・田部井淳子は、ある講演で登山をとおして得たこととして「意志こそ力と思う」と語っている。また、ベースキャンプへ向かう飛行機から見下ろした南極大陸の壮大な美しさを見て、「私はあまり宗教心を持っていなかったが、あの風景を見たときに、神様というのはいるかもしれないとさえ思いました。私たちは生きているということより、生かされているんだという、そういう気持ちになりました」と語っている。それは〝スピリチュアリティー〟とも解せるが、信仰する者にも本作に描かれる映像美と主人公の生き様は、「自分の人生のてっぺんとは」「自分にとって信仰とは何か」の再考へうながしてくれる作品といえる。【遠山清一】
監督:阪本順治 2025年/130分/日本/映倫:G/英題:Climbing for Life(第38回東京国際映画祭オープニング上映時タイトル) 配給:キノフィルムズ 2025年10月31日[金]TOHOシネマズ日比谷ほか全国公開。
公式サイト https://www.teppen-movie.jp/
