この本は、崔善愛(チェソンエ)さんが2019年4月から、26年3月までの7年間、雑誌『週刊金曜日』の巻頭コラム「風速計」に執筆した発言をⅠとし、指紋押捺拒否裁判で知られる崔昌華(チョエチャンホァ)牧師を父に、金貞女(キムチョンヨ)さんを母にして生まれた在日3世の著者が、自らも指紋押捺拒否による再入国不許可という存在の不安に脅かされる中で、歴史の中に自分の命のルーツを探し求め、もがくようにして、彼女自身のアイデンティティーを確立してゆく証言の文章を編纂(さん)してⅡとして収めています。
『私の「風速計」』と題されたこの本は、ただ著者ひとりの社会時評ではありません。在日朝鮮人として、外国でも、他国でもない日本とその地域社会に根ざして生きる崔善愛さんが、命の息で心身に彫り刻む証言、呼びかける声、差し伸べられた愛と信頼の手です。その声が伝えるのは、決して彼女ひとりだけのことではありません。著者は「日韓の狭間で引き裂かれる想い」、「あったはずのものを失う幻肢痛のような痛み」を抱えて生きる「在日」の声を、哀歌のような震える情熱で伝えようとします。そして、その声は引き裂かれ、断絶させられた存在を生きる世界の人々の呻(うめ)きの声につながっています。
読みながら、私は何度も浸され、たじろぐ思いで流れの岸に立ち尽くしました。日本に根ざしながら、私などは絶対に感じることのない存在の怖(おそ)れに包まれて、この国の現実や時流に抗(あらが)う一本の生身の杭(くい)であろうとする崔善愛さんを見つめました。問われているのは私です。共生のために震える手を差し出すべきは日本人である私の側です。
「強制は強制した側のことばではない。強制された側のことばだ」、「『解決済み』と口にできるのはだれか」、「歴史を否定するか肯定するかと頭で考える前に、その歴史を生きている人に出会ってほしい」——日本と朝鮮半島の歴史が生み落とした「在日」として、崔善愛さんは、私たちが存在の息が通い合う死者と生者の現場に立てるように、人間への愛と信頼の声で語りかけます。今生きている者たちの尊厳の確認のために。
俳優の斉藤とも子さんのまえがきは著者と共震して心を打ちます。崔善愛さんの証言と問いかけが、日本の国に生きる隣人の声として「クリスチャン新聞」の読者に聴かれることを心から願います。
(評・後藤敏夫=惠泉四街道教会牧師)
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