一人のドイツ軍将校が暗殺され、報復として収容所の人質150人の処刑が要求された。17歳の少年ギィ・モケ(前列右)と大学生クロード・ラレの名前もリストアップされていた。 © ARTE France – 2011 – LES CANARDS SAUVAGES – 7eme Apache Films – PROVOBIS FILM

1941年10月19日、フランス北部の町ナント。ドイツ軍将校ホッツ大佐が登庁する朝、フランス共産党員に暗殺された。ヒトラーはフランス人150人の処刑を傀儡政権に要求した。ナント事件の史実を丹念に掘り起こし、理不尽な命令が無理を押し通していく戦争という狂気な時代を描いている。戦後70年、命令の遂行が優先され、人間を命令の奴隷に変えていく戦争への警鐘が、静かだが確かに聞こえてくる作品だ。

大西洋を望むフランス北部ロワール=アトランティック県シャトーブリアン郡にあるショワゼル収容所。そこにはナチス・ドイツのフランス占領に反対行動をとった者や共産主義者など政治犯とされる人々が収容されている。17歳の少年ギィ・モケ(レオ=ポール・サルマン)は、劇場で占領を批判するビラを配って逮捕され、ここに収容されていた。
収容所に収容された人たちは、私服のままでどことなくフランクな雰囲気さえ感じられる。ギィは、板塀で仕切られた女子棟にいるのオデット・ネリス(ヴィクトワール・デュポワ)にほのかな恋心を抱いている。
だが、ナントで起きたドイツ将校の暗殺事件は、人質のように収容されている人たちの人生を変えた。事件はいち早くベルリンに知らされ、ヒトラーは報復として150人の処刑を要求している。ドイツ軍司令部のシュテルブナーゲル将軍が、ナントでの事件を知る前にベルリンから連絡を受けるほどその反応早かった。
法的根拠のない報復的処刑は、ドイツ軍司令部の将校たちも望まない。だが軍人であって殺人者ではないという将校たちのプライドは、ヒトラーの感情的な命令の前に打ち砕かれていく。シャトーブリアン郡庁舎のベルナール・ルコルヌ副知事(セバスチャン・アカール)もはじめは拒否するが、フランスの一般市民を150人犠牲にすることもできない。
元共産党員でドイツ軍に協力しているジョルジュ・シャサーニュ(リュック・フロリアン)がショワゼル収容所に割り当てられた27人分のリスト作成に取り掛かる。その中には、最年少のギィや処刑当日に釈放される予定だった大学生クロード・ラレ(マルタン・ロワズィヨン)らの名前も、十分に検討されることなく書き加えられていた。犯人ではない人々が、罪のない処刑執行へと追い立てられていく。

収容所で出会ったオディットは、ギィの最後の手紙を渡された…。 © ARTE France – 2011 – LES CANARDS SAUVAGES – 7eme Apache Films – PROVOBIS FILM

17歳で処刑されたギィ・モケの名前は、フランスでの’ゾフィー・ショル’(ドイツ人としてナチスに非暴力で抵抗した白バラ抵抗運動のメンバー、21歳のとき処刑された)とも言い伝えられている。シュレンドルフ監督は、この史実をエルンスト・ユンガーが記録した「人質の問題について」と、当時の記録や人質たちの手紙、ハインリヒ・ベルの小説などを基に脚本を書き起こしている。また、エルンスト・ユンガー(ウルリッヒ・マテス)を実名で描き、ハインリヒ・ベルをイメージしたドイツ兵ハインリッヒ・オットー(ヤコブ・マッチェン)を創出している。
クラウディアにとってもマルタは、独りでは生きられない自分の心の重荷を降ろせる初めての他人なのかもしれない。
ハインリッヒが上官から「ここでは考えることを禁ずる」と一括され、命令の遂行のみを要求されるシーンは、武器による平和をつくろうとする戦争準備への警鐘のようでもある。それだけに、処刑前に人質たちの最後の手紙を預かったモヨン神父(ジャン=ピエール・ダルッサン)が、ルコルヌ副知事らに「あなたは何に従う?、命令の奴隷になるな」と語った言葉が、夜明けの海にきらめく光のように心の中に差し込んでくる。 【遠山清一】

監督・脚本:フォルカー・シュレンドルフ 2012年/フランス=ドイツ/フランス語・ドイツ語/91分/映倫:G/原題:La mer a l’aube、英題:Calm at Sea 配給:ムヴィオラ 2014年10月25日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次ロードショー。
公式サイト:http://www.moviola.jp/tegami/
Facebook:https://www.facebook.com/tegami2014

2012年第14回ルション国際映画祭最優秀監督賞受賞、第25回ベアリッツ国際映像祭最優秀男優賞(レオ=ポール・サルマン)受賞、第62回ベルリン国際映画祭パノラマ部門出品作品。