新連載:ジェームズ・フーストン2016上野の森キリスト教会セミナー キリストの霊性の継承〜クリスチャンの関係性を見直す〜① 流動性の高い文化の中のアイデンティティー

 5月3日から5日まで、東京・台東区東上野の上野の森キリスト教会で開かれた「ジェームズ・フーストン2016上野の森キリスト教会セミナー」(同事務局主催)で、リージェントカレッジ初代学長のジェームズ・フーストン氏が「キリストの霊性の継承〜クリスチャンの関係性を見直す〜」をテーマに6回の講義を行った。その内容と分科会で話し合われたこと、質疑応答について、数回にわたり紹介する。

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 フーストン氏は、自身が生涯を通して悩み続けている主要なテーマを中心に語った。

 1つ目はクリスチャンのアイデンティティーについて。「私は少年時代から今に至るまで、クリスチャン生涯を通して、自分をクリスチャンと呼ぶ場合、それは何を意味するのか、ということを自問し続けてきた」とフーストン氏は言う。「このことについて、2つの時期があった。一つは大学に行って勉強している時期で、多くの疑問に直面していった。科学が発達し、科学教育を受ければ受けるほど、創造に関して科学が反対するのでは、ということが起こってくる。特に世俗的な人々が私たちクリスチャンを嘲笑したりする。彼らは創造主を信じていないから、全く問題を感じていない。けれども私は科学と聖書の教えとが相克するわけです」

 「年齢を重ねるに従い、今度は道徳的な疑問が主流になってきた。特にクリスチャンであると自称する人が起こす、お金や不倫などを巡る様々なスキャンダル、ニュースを聞くたびに、私は自分をクリスチャンと言いたいのだろうか、と思ってしまいます」

 2つ目は、自分が置かれている文化にどう対応していけばいいのか、について。「文化の特異性の中にあって、クリスチャンでありながら怖れを抱いていく。その怖れにどう対応していけばいいのか。私たちは非常に流動性の高い文化の中に生きているゆえに、私たちのアイデンティティーそのものも流動的になる。日曜日には教会に行って礼拝をする。その時はクリスチャンであるという意識も高いだろう。だが、月曜日になると、職業的なアイデンティティーが強くなる。自分の職業に導かれたアイデンティティーが主要になってくるのです」

 「私は日本の宗教人口を調べてみた。宗教人口を全部足すと、日本の人口の3倍ぐらいになるという変なことが起こっている。職場では何の宗教も信じていないのに、神社に行くと神道を信じ、あるいは自分の生まれた田舎に行けば土着の宗教に属する。何を信じているか、ということに関して、一人の人の中に流動性、多様性がある。クリスチャンも二重のアイデンティティーを持っていることが非常に多い」

 「私たちは、自分は大学の教授です、病院のドクターです、看護師ですと、職業的アイデンティティーを誇示するかもしれない。その後に私はクリスチャンですと紹介するだろう。でも、自分自身はクリスチャンであるというアイデンティティーが支配的になっているわけではない。職業的アイデンティティーが思いの中で中心となっているということがある。でもクリスチャンであることは、自分自身のアイデンティティーの中核になる、というのが今回のテーマだ」

 もう一つのテーマは、私たち一人ひとりは個人であると共にパーソンであるということ。「私たち一人ひとりは、誰もが他に類のない、ユニークな、特別なアイデンティティーを持っている。同時に今日的なアイデンティティーがある。つまり、私たちは他者と関わる上で存在しているということ。だがら、日本の皆様が北米の個人主義的な人たちに、人間関係について教えることは多い。今、北米の人たちは、個人主義を通り過ぎて、ナルシスト的なレベルまで達していると言えるけれども、それが北米の超大国を分裂させてしまうような力を持ちつつあるのが実情なのです」

 「第1はクリスチャンとしてのアイデンティティー、第2はパーソンとしてのアイデンティティー、第3は神様が一人ひとりに与えてくださるアイデンティティーであり、それが〝セオアンソロポロジー〟と言われています」と語る。
(つづく)【中田 朗】

ジェームズ・フーストン2016上野の森キリスト教会セミナー キリストの霊性の継承〜クリスチャンの関係性を見直す〜② 福音が浸透するために文化、文脈に注目する
 5月3日から5日まで、東京・台東区東上野の上野の森キリスト教会で開かれた「ジェームズ・フーストン2016上野の森キリスト教会セミナー」(同事務局主催)で、リー…
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