5月3日から5日まで、東京・台東区東上野の上野の森キリスト教会で開かれた「ジェームズ・フーストン2016上野の森キリスト教会セミナー」(同事務局主催)で、リージェントカレッジ初代学長のジェームズ・フーストン氏が「キリストの霊性の継承〜クリスチャンの関係性を見直す〜」をテーマに6回の講義を行った。今回は2日目の講演から。
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午前中2回目の講演でフーストン氏は、「愛には恐れがありません。全き愛は恐れを締め出します。なぜなら恐れには刑罰が伴っているからです。恐れる者の愛は、全きものとなっていないのです」(Ⅰヨハネ4・18)の御言葉をテーマに、日本人が抱える「恐れ」の感情について考察した。
最初に、終戦直後のダグラス・マッカーサーと天皇の友情関係について紹介。「日本におけるアメリカの占領が平和裏にできた背景には、マッカーサーと天皇との間に友情関係があったから。それは今の世界とは大きな違いがある。世界の誰もロシアのプーチン大統領を信頼していない。中国でも、必ずしも共産党幹部が今の首相を信頼しているとは言えない。様々な破壊兵器を振りかざす北朝鮮の指導者に対しても、誰も彼を信頼する者はいない。私たちは今、新たな冷戦に突入しつつある。様々な不信頼、嘘の中にあって、大きな恐れの中に放り込まれているような状態だ」

アメリカ大統領選でドナルド・トランプ候補が台頭してきた背景には、アメリカ国民の恐れの感情があると指摘する。「大統領選でトランプ氏が残るとは、誰が予想しただろうか。彼は偽クリスチャンだ。彼ほど人間の誇り、プライドというものを表している人はいない。そんな彼がなぜアメリカ市民から人気を得ているのか。一つは世界レベルで恐れを引き起こしている点、その恐れに対して自分はアメリカを守れると主張している点だ。今、アメリカは恐れを信じる人たちと、恐れの中で希望を見出そうとするグループと真っ二つに分かれている」
日本人も、様々な関係から受ける恐れを抱いて生きていると語る。「日本人の自然に対する認識は、西欧とは大きく異なっている。仏教は7世紀に日本に伝わってきたが、それ以降、日本人の深い信仰をある意味、恐れで覆ってきた。日本人の心理では、自然は非常に神秘的なものだ。自然は日本人に様々な要求を突きつける。しかし、何を要求されているのかはっきり見えない。呻きながら恐れの中を生活していくのに似ている。野原いっぱいに咲く花々の中に毒蛇がいたなら、それが恐れとなって私たちを覆うのだ」
その対処方法の一つがホンネとタテマエといった二層的な考え方ではないかと分析する。「タテマエというのは、私たちがお互いに共有している社会的な恐れだ。もし大胆にホンネを語りかけたとしたら、失礼なことになってしまう。相手が傷つくことが予測できる」
「東京にいて気づくことだけれども、大都市においては、仕事が終わっても多くの人が電車に乗って、郊外の家に帰る前に飲み屋に立ち寄り、同僚と酒を飲んで、日頃の感情を緩和することをしている。そこでは上司の悪口を言ったり、気に入らない同僚の悪口を言ったりして、自分の憂さ晴らしをする」
「酒場で飲むということは、一見、不道徳的ではないが、こういうことに多くの時間を費やすことで、家族との時間が失われるということもある」とフーストン氏。「それは自分の奥さんよりも、過ごす時間が多くなるということ。夫が退職した時、離婚する夫婦が多いという光景も見聞きする。夫と妻がほとんど会話をしてこなかったからだ。そして、『私は自由に生きていく』と、多くの妻たちは夫と別れ、静かな人生を送ることになる。恐れというのは、互いのコミュニケーションの間にも影響を与えているのだ」
あるイギリス人の女性のことも明かした。「彼女は有名な教会に行っていたが、アジアに行ってから仏教者になった。彼女は教会で、一度も瞑想する生活を教えられて来なかった。今、グローバル化の中でこのようなことが起こっている。キリストにある豊かさの全容を私たちが受け入れなければ、福音の一部だけを頼って巣立って行くことになる」
(つづく)【中田 朗】
