5月3日から5日まで、東京・台東区東上野の上野の森キリスト教会で開かれた「ジェームズ・フーストン2016上野の森キリスト教会セミナー」(同事務局主催)で、リージェントカレッジ初代学長のジェームズ・フーストン氏が「キリストの霊性の継承〜クリスチャンの関係性を見直す〜」をテーマに6回の講義を行った。今回は3日目の講演から。
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今回のフーストン氏の日本での講演では、娘のクレアさん=写真=が同行した。クレアさんは脳腫瘍の手術をして来日が危ぶまれていたが、「日本に行きたい」との強い思いから驚くほどの回復を見せ、来日を果たせたという。3日目2回目の講演の初めには、フーストン氏と、すでに天に召された妻のリタさんとの関係について証しした。

「私が日本に行くという企画を聞いた時、行きたいと思った理由の一つは、私の母が本当に日本を愛しており、皆様とお会いできることを喜んでいたから。ここにいる女性の皆様は、母にとって娘のような存在です」。クレアさんは、母の思いをそう語る。
「ご想像にお任せしますが、父と暮らすのは容易なことではありません」と笑顔で話す。「父の考えていることは、私たちの考えていることを超越していて、非常に高いところにある。学者としての能力も優れている。父は様々な思いもよらない思想を深く追究しているのです」
「母も聡明な女性だった」と言う。「母の人生において葛藤があったのは、
学者の道を途中で終えざるを得なかったこと。家族を養い、子どもたちのために、自分が母親として関わるためです。母は、『お父さんはずっと先を歩いている人だ』と言っていました。そんな夫と共にいて、自分は何を貢献できるのか、自問していました。母はある意味、バランスを与えてきました。父が抱いていた空の雲の上にある考えを、私たちのところに引き戻すのが母の役割だったから。母は父のことも私たちのこともサポートしてきました」
「父と母は異なる存在。その2人が一緒になってすばらしいチームになった」とも明かす。「父がしている仕事は自分なしでは実現しえないと母は悟ります。父は、家に来た学生と深い話をしている。その時に母は背後からもてなし、学生たちをなごませていました。父はリージェントカレッジの様々な学生を家に招いていました。時々、自分が招待していることを忘れていたけれど、母は突然現れる学生たちに柔軟に対応していました。母は生涯を通じて父を支え、サポートし、勇気づけてきました」
ところが、その母が認知症になったとクレアさん。「母がずっと父をいわたわり、励まし続けて来たように、今度は父が母をいわたり、励ますことになります。私は母を介護する父の姿を見てきました。父は母に寄り添い、一緒に歩み、母の様々な必要に答えていきました。父にとって母は何より最優先される存在だったのです。神様に仕えることにより、素晴らしいダンスを2人でしてきた父と母に感謝しています」と語った。
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クレアさんの証しの後、フーストン氏は自分の幼少期のことを話した。「私の幼少期は病弱で、学校の勉強を十分にすることができなかった。16歳の時には、同じ年代の子どもより2年遅れていて、結果的に私は、中等教育の後の大学で遅れを取り戻すことになり、猛勉強の末、3年間で修得すべき科目を1年間で終えることになった。勉強が遅れていたことで、心の中にはいつも不安な思いがずっとあり、その思いを修復するのに随分時間がかかったと思う」
その後、学者の道を進むことになったフーストン氏は、当時の心境をこう語る。「自分よりすぐれた人はたくさんいたから、その中で生きていくのはたやすいことではなかった。人が自分を外から見ている姿というのは、自分が自分の内側で感じていることとは違う。常に他者と自分を比較していく。この人間の堕落した状態を象徴しているのが、カインとアベルの間にあったお互いの嫉妬だ。様々に発展していく人間の文化というのも、考えてみれば、カインがアベルに対して持っていた嫉妬が、発展を後押ししたと言えるでしょう」
(つづく)【中田 朗】

