一生涯安心し喜びを 視覚障害者総合支援施設 社会福祉法人「東京光の家」

写真=創立者の秋元梅吉

「障害者の前に、一人の人間たれ」。社会福祉法人「東京光の家」(以下「光の家」、東京都日野市)には、内村鑑三に学んだ自立した信仰心が脈々と引き継がれている。「光の家」の源流は、自身視覚障害者だった秋元梅吉が1919年に創立した「盲人基督信仰会」だ。石渡健太郎理事長は「福祉の世界で100年以上続くところは少ない。その中の多くはキリスト教精神を土台とする。当時の時代状況も考えると、やはり隣人愛がないとできない働きだったと思います」と話す。

聖書をはじめとした点字出版活動、聖書集会に始まり、宿泊支援、能力開発、生活訓練などの事業を展開していった。戦後の混乱期の中、失明傷痍(しょうい)軍人の支援や保護施設の働きが広がり、福祉法人化する。当時杉並区にあった施設は手狭となり、58年に日野市へ拡張移転した。利用者の年代も上がり、利用者が一生涯安心して暮らせるように様々な事業が展開されるようになった。現在は自立訓練支援の「光の家新生園」、就労支援の「光の家栄光園」、生活保護法による救護施設「光の家神愛園」といった入所施設に加え、通所による「光の家 鍼灸マッサージホーム」、地域交流センターがある。さらに本部から5分のところに、カフェも備えた「光の家就労ホーム」や四つのグループホームがあり、法人全体で利用者は10代から90代まで200人を超す。

土台にしている聖書のことばはヨハネ9章1~3節。生まれつきの盲人にイエスが語った「本人が罪を犯したのでもなく、また、その両親が犯したのでもない。ただ神のみわざが、彼の上に現れるためである」という言葉だ。石渡さんは「この言葉でどれだけの盲人が救われたか。幼いころから差別され、少なからず自分の命を絶つ人もいたという。そんな彼らにイエスは自分は生きていていい、神様に愛されていると語った。目が見えないことは、罪があるからではなく、むしろの神の栄光が表されるためと励ましました」

水曜と金曜の朝の聖書集会では職員が聖書から話す。日曜は外部講師を招く。また年5回利用者有志の「信仰会」があり、信仰の語らいの時となる。
毎年力を入れているのは創立以来続くクリスマスだ。講師を呼んで礼拝をし、利用者らによる劇など出し物もする。会食もあり、関係者を中心に400人以上が参加している。

障害者福祉を取り巻く環境にはどんな変化があるだろうか。「医学モデル、社会モデル、人権モデルの流れがある。医学モデルでは障害者の病にスポットを当てる。バリアフリーなど社会の障壁にスポットを当てるのが、社会モデル。さらに人権モデルでは、その本人の人権をアドボカシーする。キリスト教精神に立てば、誰一人無駄な人間はいない。神の目から見れば誰もが貴い。『こんな人たちは生きていても意味がない』という考え方は優生主義の価値観だ。これを乗り越えるには地域との交流・接点づくりが重要になります」

石渡さんは、胸につけたSDGs(国連持続可能な開発目標)のバッジを指さした。「SDGsは『誰一人取り残さない』を掛け声に、人と国の不平等を無くそうと環境から人権まで17の目標が掲げられている。社会福祉法人にとっては、障害者も健常者も平等に共に生きる地域共生社会を目ざすことになると思います」
近隣の旭が丘地区センターの運営・管理を担う。同センターの建て替えにもかかわり、「障害者が中心となってたき火のような温かい地域作り」をコンセプトに多世代の交流がされている。「光の家」の職員・利用者が清掃やカフェ営業もしている。

写真=「光バンド」。東京五輪応援動画に日野市代表として出演した

さらに前身の働きから数えて30年以上活動している「光バンド」も地域共生の理念にかかわる。視覚障害者の中には、音楽的な才能に秀でた人があり活動を応援してきた。その中で高橋正秋さんは絶対音感をもち、一度聞いた音楽をすぐに再現する能力があった。正秋さんを中心に「正秋バンド」(現光バンド)が結成され、国内外で演奏活動をしてきた。毎年秋には地域でチャリティーコンサート「愛のサウンドフェスティバル」を開いている。「目の見えない人は何もできないということはない。『こんなにもできる』『自分以上に頑張っている』と見る人は勇気と感動が与えられています」

毎週練習し、月一回はプロの外部講師のレッスンを受ける。「それぞれ音楽の才能があるが、人と合わせて演奏するというのはまた別の世界。人に聞いてもらえるレベルになるまで施設で努力してきました」

写真=石渡理事長。胸にはSDGsや東京五輪のバッジが

 

手で触れるなど 「接触」が生活のカギとなる視覚障害者にとって、新型コロナ感染対策は何に気を付けてきたか。
「通常の日課が変わり、行事の変更で精神的ストレスの負荷がかかった。日常生活においてもへルパーと距離を取ることは難しい。マスクを着用すると、頬に当たる空気の感覚も鈍り、歩きにくくなるという。移動や買い物には手で識別することが多いので大変だ。手洗い、マスクの着用を丁寧に指導し、手すりやテーブルなど施設内の備品のこまめな消毒を徹底した。複数の施設があり、クラスター発生の脅威があるため、各施設単位での行動、ゾーニングを心掛けました」

コロナ禍で重視したのは、法人の基本理念の徹底だ。キリスト教精神のもと、職員は「愛と奉仕の心で誠実な業務を」を心掛け、利用者には「安心と安全と希望~生活に喜びを~」を掲げる。「利用者の安全安心を第一にしながら、希望と喜びが持てるように支援。感染対策を十分にしながら行事や生活を充実させていく。またこの間にリモート会議やデータ管理の効率化、デジタル化が進んだのは良かったことです」

心配なことは、「社会全体で経済面や精神面での不安が起き、分離・分断が起ころうとしていること」だ。「このような時こそSDGsがかかげるような協力・団結による地域共生社会の実現が大事だと実感しています」
基本理念に掲げている「ノーマライゼーション」はハード面だけの問題ではない。「ヨーロッパへ研修に行ったとき、点字道路はなかったが、困っている人をエスコートする文化があった。人々は声掛けすることが身についている。日本でも視覚障害者の立場からすると、基本的に声をかけられていやがる人はいない。しかし、多くの人は心にバリアがあり、声をかけづらい。

この解決には教育の影響が大きい。小中校時代に障害者と触れ合うことは必要だ。日本では早期発見・早期治療を重視し、『支援学級に入れた方がいい』となるが、それでは結果的に分断を生む。フィンランドの教育では健常者、障害者を分けていなかった。クラスに目の見えない人がいたら、その体験は記憶にずっと残る。社会にいろんな人がいることを見せるインクルーシブ教育が重要でしょう」