【新連載 初回無料】普段着の読書 作家編 第1回:相手の哲学で福音を語る 餅月望(クリスチャン作家、小説家養成校講師)

はじめまして! クリスチャンのエンタメ作家の餅月望といいます。ライトノベルという中高生向けの娯楽小説を書いたり、小説の書き方を教える学校で講師をして生計を立てている兼業作家です。今回、キリスト教の書籍ではなく、一般の娯楽作品から良い作品を紹介するという、挑戦的かつ非常に勇気を求められる連載のお話をいただき、挑戦させていただくことになりました。短い間ですが、お付き合いいただけますと幸いです。
 栄えある第一回は自己紹介も兼ねて、最近のヒット作について作家の視点から書こうと思います。ここからは少し言葉遣いを変えて。

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 「日本人は哲学に疎い」とはよく聞く話である。実際、私は友人と「人生」について語り合ったことはほぼない。「人生の意義」「この世界とどう向き合っていくか」など、これらの哲学的テーマはクリスチャンキャンプや聖研で話題に出ることはあっても、普通に生活している限りはまず話題にならない。むしろ「人生について考えてみない?」などと言われれば、怪しげな宗教に勧誘されてる? と疑いたくなるものである。
 しかし、それでは日本人が全く哲学に触れていないかと言えば、そんなことはないと私は思っている。今やエンタメ大国となった日本では、小説や漫画、アニメなどの創作物とその登場人物を通して、人々は哲学に触れる機会を得ていると考えるからだ。
 せっかくなので一作家としての見解を述べさせていただきたい。私は小説家養成校で生徒にこんなことを話すことがある。作家は自分の人生の意味について考えることはなくても、登場人物の人生の意味については考えざるを得ない。また、その人生が、あなたの書く世界観で、どのように評価されるかを考えなければならないし、そのためには、あなたの書く世界とはなにか? どのようなものか? を考えざるを得ないのだと。
 今日、無数に出版されているエンタメ作品には、多くのクリエイターが頭をひねって生み出した様々な形の人生があり、数多(あまた)の世界観、人生観が内包されている。そこには、無数の哲学的エッセンスや課題が含まれているのだ。消費者はそれらの作品の哲学を浴びて、少なからず影響を受けている、日本人の形成する哲学には娯楽作品が一定の影響を与えているのではないか、と一作家として考えるのである。

 

©山田鐘人・アベツカサ/小学館

 さて、そのような観点から見ると近年アニメ化された漫画作品『葬送のフリーレン』のヒットはとても興味深い。
 物語は一つの冒険譚(たん)の終わりから始まる。邪悪な魔王を倒した勇者一行。その一員であるエルフ(寿命が人間より長い種族)のフリーレンは、人間の勇者ヒンメルたちと五十年後の再会を約束して一人で旅立つ。飛ぶように月日は流れ、再会した勇者ヒンメルと仲間たちはすっかり老人となっていた。
 約束を果たすために最後の旅をし、その後、ヒンメルは生涯を終える。彼の死に直面した時、フリーレンは、自身があまりにも彼や人間のことを知らなかったことを突き付けられ、人間を知るための旅に出る。

 通常の少年漫画は少年・青年期――人生という四季における春から夏にかけてを描くことが多い。対してこの物語は、かつて全盛期を共にした仲間の冬の時期を描いている。
 老いを描き、死を描く。しかもその死は劇的な死ではない。穏やかに寿命を使い切っての死、誰しもに訪れる普遍的な死なのだ。これは割と珍しい。
 誰かのために、あるいは、なにか大きなことを成し遂げて死ぬという劇的な経験をする人は稀(まれ)だ。しかし、老いて死ぬことは静かに、普通に平穏に生きていても、必ず訪れる普遍的な最期だ。誰しも直面する共通の問題だ。
 しかし若い日に老いや死を意識するのは難しい。若い読者に対し「主人公の大切な仲間の姿」を通して老いを考え、人生というものに目を向けさせる、これは意味のあることではないだろうか。

 また、この作品は「神(作中では女神だが)」を敵として描かない(少なくとも現時点では)。日本の娯楽作品ではこれも珍しい。
 価値観が相対化された現代人にとって、神とは「誰かの神」であり「他人の頭の中にいる神」である。その世界観においては、神は絶対的でも普遍的でもない。それは他人から押し付けられる他人の価値観の産物なのだ。
 そして読者が感情移入できるように主人公は信仰者にならないことが多い。神の側に立たない主人公が読者にとっての正義なら、神も教会も敵か、自分に関係ない他人の価値観として描かれるのは自然なことだろう。
 一方で『葬送のフリーレン』では人間の頭の外にいる神観が描かれる。旅の途中で出会うエルフは言う。死後、自身の歩みを女神様に褒めてもらうのだと。長い人生で成してきたことを記憶する者がいないのはあまりに酷だ、と。これは、人間の人生の評価者として、人の頭の外、人の上に立つ神の必要を認めるセリフと読める。現代の、人間を中心に据えた思想とは全く異なるものだ。

 このようないくつかのエピソードを深掘りし、それをきっかけに若者たちと「彼らの哲学」で語り合うことがあっても良いのではないだろうか。
 パウロのように、相手の哲学で福音を語ることを念頭に置く時『葬送のフリーレン』は会話の糸口になる作品ではないだろうか。


『葬送のフリーレン』
山田鐘人(原著)、アベツカサ(絵)
2020年、小学館、新書判、192頁、594円税込

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