
1960年年代後半に当時チェコスロバキア共産党中央委員会第一書記に就いたアレクサンデル・ドゥプチェクが推進した経済の自由化、報道の自由、表現の自由、移動の自由、宗教の自由など「人間の顔をした社会主義」のスローガンを掲げた。この政治改革プログラム「プラハの春」に危機感を抱いたソ連主導のワルシャワ条約機構軍(ソ連、ポーランド、東ドイツ、ハンガリー、ブルガリア)によるチェコスロバキア軍事侵攻へのいきさつを本作は、プラハにある国営ラジオ局国際報道部のジャーナリストチームの視点から描いている。
チェコとスロバキアの近代史で重要な転換点であるこの事件をとおしてひとりの人間としてのアイデンティティ、監視社会のなかで家族や仲間など愛する者たちとの絆など困難の中で大切なものをどのように守るかというテーマも浮かび上がらせている。
報道統制のなか実在した
ジャーナリストたちの矜持
事件当時の史実を踏まえ本作には、国際報道部部長のミラン・ヴァイナー(スタニスラフ・マイエル)や報道記者でアナウンサーのヴェラ・シュトヴィツコヴァー(タチアナ・パウホーフォバー)など実在したジャーナリストたちが実名で登場し、政府からの信憑性の薄い“義務報道”は信憑性が確認できなければ無視するなど報道記者としての矜持を描いている。
だが、物語の主役はトマーシュ(ボイチェフ・ボドホツキー)という中央通信局で放送技師として働く架空の人物。トマーシュは大学生の弟パーヤ(オンドレイ・ストゥプカ)と二人暮らし。すでに両親は他界し、トマーシュは父親代わりにパーヤを養育してきた。しかしパーヤは、監視社会の重たい息苦しさのなかで、自由への変革を求めて学生運動に参加している。報道の自由を貫こうとするミランの姿勢にも引かれているパーヤは、トマーシュにもミランのオーディションの案内を紹介する。その行動を心配したトマーシュはオーディション会場に向かうパーヤの後をつけて会場に入った。パーヤの様子を見るためにだったが、オーディションに合格したのはトマーシュのみだった。彼は「仕事は探してません」と断って職場に戻るが、ほどなく上司のホフマン局長に呼び出される。局長は、ラジオ局からのオファーを受諾するよう勧めるが、トマーシュは拒む。すると局長は人員整理をチラつかせてトマーシュに強要する。局長の目的は、トマーシュを内部通報者として送り込み、ミランと国際報道部の行動を密告させることだった。デモにも参加しているパーヤを施設に入れるのかと脅されたトマーシュは、しかたなく協力者としてサインする。
国際報道部部長・ミランたちの国際報道部は、単なる放送機関ではなく、市民に真実を伝える最後の砦として調査に裏付けられた報道の自由を守ろうとして活動する。その働きはノヴォトニー大統領が息子の外国口座に裏金を預けている事実を突き止め辞任へ追い込んだ。代わったドプチェク第一書記の誕生と「プラハの春」を歓喜する国民。その改革路線を危険視するソ連とワルシャワ条約機構軍による軍事侵攻への憤り。ドゥプチェクらの抑留と降伏を意味するモスクワ協定署名という歴史的な足跡を、知恵と不断の精神を尽くして地下放送で報じるラジオ・ジャーナリストたちのスリリングな行動が真に迫る。
沈黙の中の祈り
報道の中の讃美歌
この作品が示唆している一つに、国家による宗教に自由への圧迫と報道の自由への攻撃はやがて結合するということだろう。なぜなら宗教共同体と自由な報道メディアは、ともに国民が政府の権力を相対化し、批判的思考を保つための精神的・知的基盤だからといえる。本編の物語からは離れた話になるが、実際にチェコスロバキアの共産主義政権は修道院閉鎖、聖職者の逮捕、宗教集会の禁止を実行し、同時に国営ラジオ放送を支配することで市民への情報統制を強化していった。
本編では、プラハの町をワルシャワ条約機構軍が武力で侵攻していくなか福音教会に集まる人々が無言で祈るシークエンスで、サラ・フラワー・アダムスが作詞した讃美歌「Nearer, My God, to Thee」(日本語讃美歌320番「主よみもとに」)のチェコ語訳讃美歌「わが神よ、あなたにより近く」が流れる。
♪十字架であっても、それが我を高めるなら
♪なお依然として我が歌は、より近く
♪わが神よ、汝に(より近く) [チェコ語讃美歌のAI訳]
教会に集う人たちの祈りが、魂と国家が苦難のなかに在っても魂は神に向かって歩み続けるメッセージのように響いてくる。【遠山清一】
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