あのイースターの朝の出来事 連載 私の牧会ストーリー⑩ 松本雅弘

 イースターを迎えるたびに、必ず思い出す出来事があります。今から四十年ほど前、神学校を卒業して高座教会に赴任し、伝道師として初めて迎えたイースターの朝のことです。あの出来事は、私の信仰の歩みの原点となり、今もなお心に深く刻まれています。


 私が学んだ神学校は全寮制で、結婚して間もなく、妻と共に寮での生活が始まりました。若い夫婦にとって、慣れない環境での生活は決して楽ではありませんでしたが、同じ志をもって歩める喜びがありました。当時、妻は銀行員として働き、私の学びを支えてくれていました。教会では執事としての奉仕も担い、さらに神学生の妻として、土曜日から日曜日にかけての奉仕にも加わっていました。今思えば、彼女の献身がなければ、私は神学生を続けられなかったかもしれません。


 やがて、校長先生の強い勧めもあり、妻は会社を辞め、神学校での聴講を始めました。学費は免除されましたが、生活はわずかな蓄えと教会からのサポートだけ。卒業して教会に赴任した時には、蓄えはほとんど尽きていました。けれども、私たちは「主が備えてくださる」という思いに支えられ、与えられた道を歩んでいました。


 4月1日から伝道師としての働きが始まりましたが、謝儀が支給されるのは25日。その年のイースターは4月19日で、ちょうど支給日の一週間前でした。家計はぎりぎりで、半年前に与えられた娘のミルク代も必要です。そうした中、教会ではイースターが近づくとイースター特別献金の呼びかけがあり、記名欄つきの献金袋も用意されていました。伝道師として迎える最初のイースターです。伝道師として教会員に範を示さなければという面子(メンツ)もありました。ところが、財布にはほとんどお金がありません。前もって決めていた献金額を捧げれば、お札はすべてなくなり、小銭だけが残る状況でした・・・

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