
現在、日本基督教団・石巻栄光教会の牧師を務める川上直哉氏は、2011年の東日本大震災に際し、超宗派の支援組織「東北ヘルプ」の事務局長として奔走した。川上氏らは教派の枠を超え、仏教など他宗教の宗教者とも深く連携しながら、身元不明者を含む多くの震災犠牲者を合同で弔い続けてきた。
凄惨な死を前に、最期まで人間としての尊厳に寄り添う弔いの意義とは何だろうか。そして、圧倒的な絶望の淵(ふち)で、宗教者は何をすべきで、何ができるのだろうか。生と死の現場を経験した川上氏に話を聞いた。
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2011年3月11日、仙台市民教会の主任担任牧師であった川上氏は、仙台市内の自宅で被災した。翌週には被災支援ネットワーク「東北ヘルプ」が発足し、その事務局長に就任する。
発足当初の活動は物資の配分だったが、発災翌週、ある牧師の「遺体が埋まっている場所に自衛隊が棒を刺して目印にしているのが痛ましい。せめて白いシーツをかけられないか」という切実な声が、川上氏を動かす。
「骸(むくろ)となって瓦礫(がれき)の下に眠る死者こそが、もっとも小さく弱くされた人ではないか。その人に寄り添うことこそ宗教者の使命ではないか、という思いがありました」・・・
(次ページ[下部にログインボタン]で、仏教者の危機感に共鳴、遺族の絶望のケアにも、死の圧倒的「絶望」にあらがうシンボルとして)
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