中国西北地方の農村に暮らす愚直な働き者の農夫ヨウティエ(ウー・レンリン)と右半身に軽い障がいをもつ内気な妻クイイン(ハイ・チン)。二人はそれぞれ家では厄介者扱いされている。ヨウティエの兄ヨウトン(チャオ・トンピン)夫婦は、自分の息子が婚約したのを機に、クイインをヨウティエの嫁にと押し付けるように見合い結婚させる。そろぞれ親族の家から体よく追い出された二人。彼らなりに自然環境と村社会に順応しながら生きていく。そんな二人の姿が、命を育む土への執着と互いの心を思い遣る慈愛が詩情豊かな映像美で描かれていく。

貧しい農夫夫妻が懸命に暮らしを
守り愛情を育み合う日常の尊さ

ヨウトン夫妻は、結婚式も披露宴も世話することなく、普段着のまま村の写真屋にヨウティエとクイインの記念写真を撮らせただけ。出会ってほとんど話す時間もなかった二人は、カメラの前に立っても所在なげな様子でただカメラマンの指示にもやる気が感じられない表情。村を出て都会へ行った人たちの空き家を借りて新居に。体の障がいの影響か動作の遅いクイインは頻繁に失禁する。そんなクイインをヨウティエは侮ることなく優しく気を配り、クイインの面倒を見る。

寡黙なヨウティエだが、饅頭や小麦で練った揚げ菓子を作っては仕事の合間などにクイインと一緒に食べる。それまで大切にされたことのなかったクイインの心も打ち解けていく。周囲の人たちに気を配り、頼まれたことは断れない性格のヨウティエ。村の豪農と同じ血液型のヨウティエが何度も採血されるのを心配するクイイン。空き家を撤去すると補助金が出るため持ち主に住んでいた空き家を追い出された二人は、日干し煉瓦から手作りで空き地に家を建てた。完成した夜。クイインは、自分の家が持てて、自分の布団で寝られるようになるとは、夢にも思わなかったとヨウティエに打ち明ける。だが、二人の幸福は長くは続かなかった。ヨウティエがトウモロコシを収穫した帰り道、用水路の橋の上で待っていたクイインは水路に転落して帰らぬ人となる…。

詩情豊かな映像美で描
れる大人のメルヘン

邦題のタイトル「小さき麦の花」は、クイインの二人が麦の種を蒔き、生長し、脱穀する実を互いの手の甲に圧して花模様を作るロマンチックなシークエンスから採られているのだろう。本作の英題はReturn to Dust。創世記3章19節の「あなたは土のちりだから、土のちりに帰るのだ。」の聖句を想い起こされる。だが、リー・ルイジュン監督が中国語タイトル「隠入塵煙」に込めた意味は、「“隠入塵煙”とは、一切の物事は最終的に陳腐な日常に埋もれ、時間の層の中に隠れてしまうけれど、一方でそれらは生命と同じく変化の相を秘めていて、目に見えずひっそりと新たな変化を始めており、日常のあらゆる瞬間で私たちに寄り添っていてくれる、ということを表しています」という。塵煙のなかに息づく現世での農夫の喜びと農耕する土地への執着、他者を気遣やクイインへの慈愛も、時間の層と変化の層に隠れていく永遠性に意味づけられていて、聖書に教えられる神の国へ通じる永遠とは異なるようだ。

中国では、公開上映2カ月後から観客動員も興行収入も急上昇する大ヒットを記録したという作品。とりわけ大都市に暮らす20代から30代の若者層に指示されたという。物語の時代設定は2011年。世界貿易機関(WTO)加盟から10年を経て経済成長とグローバル化が進み、文化強国をめざす国家戦略が明確に示された時期にあたる。コストパフォーマンスやタイムパフォーマンスが成熟しつつある現代に、自然環境に順応し時間を要する日常から養われる人情の機微や細やかさに心揺すぶられるものが伝わるのだろう。ゆっくりとした時の流れの中から醸し出される滋味豊かなひと時に浸りたい。【遠山清一】

監督・脚本:リー・ルイジュン 2022年/133分/中国/原題:隠入塵煙、英題:Return to Dust 配給:マジックアワー、ムヴィオラ 2023年2月10日[金]よりYAESU GARDEN CINEMA、ヒューマントラストシネマ有楽町ほかロードショー。
公式サイト https://moviola.jp/muginohana/
公式Twitter https://twitter.com/muginohana_0210
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*AWARD*
2022年:第72回ベルリン国際映画祭コンペティション部門出品作品。