「北朝鮮宣教フォーラム」脱北者の証し⑦ 「飢え死にも射殺も同じ」
北朝鮮で逮捕され、死刑判決を受けた韓国系カナダ人ヒョンス・リム牧師。949日間の収監と奇跡的な解放をつづった手記が昨年12月に邦訳出版された。リム氏の来日にあわせて開催された「『だれを私は恐れよう』出版記念 北朝鮮宣教フォーラム」(同実行委員会主催)から、当日参加した北朝鮮「脱北者」の証しを紹介する。
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30歳台後半のE氏は現在韓国で神学生。苦難の行軍(※)の中、14歳で脱北した。
―飢饉の中、闇市で家財を売って3年間食いつないだが、売り尽くすと家族全員何も食べるものが無くなった。6日もたつと胃がけいれんし、水を飲むにもはって行った。他の家もみな同じ状況で、道端には子どもの死体が放置されていた。
私は「コッチェビ」(路上生活児)となり、盗みで生きた。中国では家畜さえ満腹と聞き、脱北を決意した。飢え死にも、脱北に失敗して撃ち殺されても、同じだと思った。
中国国境の豆満江を越え、最初の町で、ある家の主人が卵かけご飯をくれた。検問を避けて山から市内へ下り、食堂で残飯を食べようとしたら、ちゃんとした食事を出された。何も言わずとも脱北者だと分かるらしい。
そこで出会った脱北少年から「教会では服も食事もくれる」と聞いた。北では十字架と銃殺は直結だが、連れられて教会に世話になり始めた。
そこは韓国の宣教師が支援する施設で、朝から聖書の学びと祈りと賛美があった。その時は、生きるため仕方なく信仰生活を始めた。しかしお金はくれない。中国の公安を恐れて別の街に逃げた。
そこにいた韓国人らは裕福だった。私を抱いて泣く人もいたが、安い飯をほどこされ自尊心が傷ついた。南北統一の願いも、私を本当に生かすための愛も、そこにはなかった。
あるとき密告され4か月拘留された。人民元を隠していないか、宣教師に会ったか、教会に行ったか、調べられた。本当に北朝鮮を憎んだ。私は食べたかっただけだ。
北朝鮮に戻され、監獄に入れられた。そこにいるのはみな脱北者なのに序列があり、子どもの私は憂さ晴らしに暴行された。劣悪な環境で、食事も満足になく、みな飢えていた。ガイコツのように痩せた子どもたちは、けんかも満足にできず、ツバの飛距離で決着をつけた。
釈放されると、無賃乗車で家に向った。汽車の中でもスリをした。誰でも北朝鮮に行けば、生きるため盗みを働くだろう。久し振りに我が家の門を開けると、父は私を追い出した。私だと分からなかったのだ。妹が私に気付き、父は私を抱きしめ泣いた。しかし私は再び脱北、逮捕を3回繰り返し、2002年にやっと渡韓した。
監獄では7割が死ぬ。生き延びたくて、なぜか賛美歌を歌って、、、、、
※1990年代に多数の餓死者が出たとみられる深刻な食糧危機に際して北朝鮮国内で使われたスローガン。朝鮮戦争休戦後最大規模となる飢饉と、経済政策の失敗が、食糧危機の原因とされる。
(2023年04月02日号 07面掲載記事)
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4か月拘留された。人民元を隠していないか、宣教師に会ったか、教会に行ったか、調べられた。本当に北朝鮮を憎んだ。私は食べたかっただけだ。
北朝鮮に戻され、監獄に入れられた。そこにいるのはみな脱北者なのに序列があり、子どもの私は憂さ晴らしに暴行された。劣悪な環境で、食事も満足になく、みな飢えていた。ガイコツのように痩せた子どもたちは、けんかも満足にできず、ツバの飛距離で決着をつけた。
釈放されると、無賃乗車で家に向った。汽車の中でもスリをした。誰でも北朝鮮に行けば、生きるため盗みを働くだろう。久し振りに我が家の門を開けると、父は私を追い出した。私だと分からなかったのだ。妹が私に気付き、父は私を抱きしめ泣いた。しかし私は再び脱北、逮捕を3回繰り返し、2002年にやっと渡韓した。
監獄では7割が死ぬ。生き延びたくて、なぜか賛美歌を歌って祈った。その時、教会で聞いたみことばが実感をもって思い起こされた。私が韓国でイエスを信じ神学校にまで達したのは、神を知る方たちが神の手足となり、私の人生に関わってくれたからだ、と悟った。
私が生きて呼吸していること自体が神のわざ。神が私を選び用いてくださる計画の中で私を捕らえているから、召しの時まで私は生きる。私が牧会者としての道を全うできるよう祈ってください。(つづく)