ラーメンと笑顔で キリストの光映す 「らーめん楓」「鴨中華そば楓」オーナー 井ノ川晴樹さん

その店に記者が入ると、「いらっしゃいませ」ではなく「こんにちは」と迎えられた。食後に店員がかけてくれた言葉は、「きれいに召し上がってくださりありがとうございます」。ラーメンの味はもちろん、店員の笑顔でも、こちらを笑顔にさせる。
店主の井ノ川さんはクリスチャン。ラーメンと笑顔を通して、伝えたいことがあるのだという。
【間島献一】

笑顔あふれるラーメン店

「お店に入ってきたお客様を笑顔でお迎えする。ラーメンを笑顔でお出しする。帰るときには『ごちそうさまでした』、『ありがとうございます』。何度も笑顔の接点が作れる。ラーメン屋はファストフードではあるけれど、一人ひとりのお客様に丁寧に接する。お客様が店に来る前よりも、ここに来てラーメンを食べて、お腹いっぱいになって笑顔で帰っていくときに、ちょっとでも元気になれたらいい」
こう語るのは、株式会社スープ&スマイル社長の井ノ川晴樹(いのかわ・はるき)さん。東京都八王子市で2つのラーメン店「らーめん楓」「鴨中華そば楓」を営む。会社名のとおり「スマイル」も店のテーマで、井ノ川さんが一番大事にしていることだという。

大学卒業後、当時日本一と言われたラーメン店で修行の後、2003年、24歳にして独立。「らーめん楓」を始めた。
地鶏のスープから発展して、鴨のスープで限定メニューを作った。それがとても美味しかったことから、2021年、「鴨中華そば楓」をオープン。「東京ラーメン・オブ・ザ・イヤー2022-2023」「食べログTokyo 2023ラーメン百名店」などを受賞した、実力のある店だ。


「鴨中華そば楓」の看板メニュー「特撰紀州鴨中華そば」=写真=を記者も注文した。全粒粉も入って色づいた麺、あぶられて香ばしい鴨肉。それを焼きねぎ、春菊、メンマが取り囲み、鴨肉の上では粒胡椒に粒山椒が更なる彩りを添える。
化学調味料を使わないのも、悪いものだからではなく、「お店に行ってお金を払って出てくる料理だから、手間暇かけたものの方がうれしい」と考えるゆえだ。そして、「選べるのならば、神様の創った自然のものを選びたい」。つまり、「その方が良いスマイルだから」。

人とラーメンへの誠実さ。その土台にある信仰について井ノ川さんは語った。

同級生をキリスト教から救い出そうとした自分が

神様との出会いは、大転換を伴うものだった。高校の同級生に、牧師の娘がいた。彼女の考え方は、まわりとなにか違う、と思っていた。当時、宗教団体による大事件が連続していたこともある。「キリスト教は違う」と言われても、違いは当然わからない。「目を覚まさせ、宗教から救い出さなければ」と正義感から考えた。
キリスト教について知ろうと本を読みあさっても、読めば読むほどわからない。彼女に聞くと、「キャンプに行けば質問し放題だよ」と、バイブルキャンプに誘われた。質問と説得をするつもりで、高校3年生の秋、hi-b.a.(高校生聖書伝道協会)のキャンプに参加。そこで、考え方が180度変わった。

その時のメッセージは、何を言っているのか分からず、覚えていない。しかし、スタッフの大人たちの姿勢を、よく覚えている。「僕の疑問を全部聞いてくれて、一つひとつちゃんと答えてくれた」。子どもに対して不誠実な大人もいるものだ、と子どもの頃から感じてきた。でも、そこにいたクリスチャンの大人たちは、そうではなかったのだ。
大学生の間も教会に通った。でも「洗礼を受けなければいけない意味がわからない」と、洗礼には抵抗し続けていた。ある時、教会の人が、日本キャンパス・クルセードの集会に連れて行ってくれた。そこで言われた一言が、すとんと腑(ふ)に落ちた。「結婚は、時が来ればするもの。洗礼もそれと同じだよ」。抵抗する理由が全然なくなったという。

大卒後にラーメン屋へ修行に入った時、「自分はクリスチャンなので日曜を休みにしてほしい」と頼んだ。従業員はそれぞれ違う曜日で週一日休んでいたが、当時その店は日曜だけ営業時間が短かった。他の曜日に休みを取れば、週休1日半のようなもの。他の誰もわざわざ日曜に休みたがらない。それで井ノ川さんは、希望通り日曜を休みとし教会に通うことができた。「そういう意味では、恵まれています」
hi-b.a.のキャンプに奉仕者として参加するなかで与えられた仲間と、仕事のつながりもでき、それがらーめん楓の開店につながった。結婚相手にも巡り合った。あの、牧師の娘だった。

人の生き方を通して、神の光を見た。次は、自分が。

井ノ川さんの理念は「ラーメンを通して神様を見せる」「スープに愛を込め、笑顔で神様の光を映し出す」。これは、マタイ5章16節「あなたがたの光を人々の前で輝かせなさい。人々があなたがたの良い行いを見て、天におられるあなたがたの父をあがめるようになるためです」が裏打ちしているという。従業員は全員、井ノ川さんがクリスチャンということを知っている。
井ノ川さんは、神様との出会いを振り返る。「『神様を信じないと救われない』と言われても、自分は信じなかったと思う。人のあり方を通して神様を見た。だから、僕が神様と向き合っていて、みんなもそれを見て・・・それが理想です」

井ノ川さんは最近、まわりとなにか違う、と思われたり「どうしてそうなんですか?」と興味を持たれることも、増えてきたという。

「らーめん楓」 東京都八王子市大和田町5-10-1
「鴨中華そば楓」 東京都八王子市明神町3-24-12
ウェブサイト: https://kaede.fan/

2025年05月04日号 01面掲載記事)