二人三脚で広げた新たな礼拝賛美 ミクタムレコード株式会社代表取締役・高叡華さん

夫の忠さんと叡華さん(右)

 ロック・ミュージカルの制作、レコード会社の設立、ステージやテレビ番組の制作と、さまざまな「日本初」の仕事に関わってきた高叡華さんは、夫のシンガーソングライター・小坂忠さん(2022年4月召天)と二人三脚で、日本の教会の礼拝賛美に大きな変革をもたらしてきた。ミクタムレコード設立50年を迎え、2人の歩みを振り返る。【山口暁生】

自分ではなく、人が脚光を浴びる面白みに触れた幼少期


 叡華さんは1946年に京都で生まれた。中国人の父と日本人の母から生まれたので、当時の新聞に「日中の愛の実誕生」と半ば興味本位に紹介されたという。やがて一家は引っ越し、叡華さんは東京で育つ。小学校の頃から読書好きの一方で、いつも朝早くから男の子たちと遊び回る活発な少女でもあった。

 当時のこんなエピソードがある。学校の演劇の会で衣装係を担当した叡華さんは、母親の知り合いの劇団関係者から本物の舞台衣装を借り、喝采を浴びた。自分ではなく、人が脚光を浴びることに面白みを感じる「裏方志向」は、子どものころからだったのかもしれない。

 大学時代には企画団体に参加し、数々のコンサートをはじめ、若者の喜ぶイベントを有名スポンサーをつけて開催するようになる。

二人三脚の始まり


 そんな叡華さんが卒業パーティーで出会ったのが、すでにプロのヴォーカリストとしてデビューしていた2歳下の小坂忠さんだった。長髪のヒッピーのような姿で、それまで周りにはいなかったタイプの忠さんに、叡華さんは好奇心をかき立てられ、二人は交際するようになる。
 

 やがて新しい音楽レーベルの立ち上げに、忠さんはアーティストとして、叡華さんは制作スタッフとして参加。忠さんが新レーベル最初のLP「ありがとう」をリリースした71年、二人は日本基督教団聖ヶ丘教会で結婚式を挙げた。
 

1971年、結婚式

 75年10月、一人娘・亜実さんが家で熱いスープをかぶり、ひどい火傷を負った。すぐに病院に連れて行ったが、ずっと泣きじゃくる娘。叡華さんは病院から帰ると、クリスチャンの祖母に「祈って!」と電話をかけた。

(次ページ [下部ボタン]で、娘のひどい火傷を通して感じた「神の臨在」、クリスチャンミュージックの世界へと踏み出した歩みなど)

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