今話題のドラッカーってどんな人?——経営学に永遠への哲学が 島田 恒さん(経営学博士)

19歳の時にキェルケゴール体験
経営学に永遠への哲学が
 マネジメントの父と呼ばれた経営思想家P・F・ドラッカー。今、ドラッカーブームが日本で起こっている。たいていの大型書店では、特設のドラッカーコーナーができているほどで、このブームは秋になっても衰えを見せていない。これだけ注目を集めるドラッカーだが、彼がキリスト教的思想の影響を強く受けていることを知る人は少ない。ドラッカーの経営哲学に流れているキリスト教的スピリチュアリティとは? ドラッカー氏と生前、親交のあった、近刊著書『新版・非営利組織のマネジメント』(東洋経済新報社)著者の島田恒氏に、寄稿してもらった。

 空前のドラッカー
 ブーム到来
 わが国では今、死後5年を経て時ならぬドラッカーブームが起こっている。『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』(ダイヤモンド社)という長いタイトルの青春小説までが、『もしドラ』と略称されて空前の売り上げを誇り、書店に積み上げられている。ドラッカーの定番著書・復刻版、それに、今までなかったほどのドラッカー経営学解説書がコーナーを賑わせている。
 生前も新著が出れば10万部の単位で日本の読者に読まれ、ドラッカー本はダイヤモンド社のドル箱ではあった。読者は経営への考え方やその手法に大きな関心をもってきたのであるが、「社員はコストではなく資産である」とする人間重視の感覚が、日本的経営の伝統を残すわが国経営者・社員に共感をもたらしたのであろう。ドラッカー自身、一時は彼の目指す共同体としての企業が実現に向うのは「ただ一つの国、日本においてだけだった」と期待を寄せていたのである。
 しかし、その日本にあっても、ドラッカー経営学の基盤になっている哲学や、ましてそのスピリチュアリティを理解してきたとはいえない。特にバブル崩壊後、わが国の経営は急速に業績主義の徹底した、いわば社員をコストと見做すアメリカ型経営に舵を切ったのであった。それが多くの格差問題を生み出した。ドラッカー自身、日本的経営に対する展望を見通して、「しかし、その日本ですら、これが問題の回答や解決でないことが、すでに明らかになっている」と語っている。
 人間を大切に考えるドラッカーを何となく感じ、そしてその卓越した経営手法を学ぶ、それがわが国ドラッカーファンを生み出す源泉なのであろう。ちなみにドラッカーは「マネジメントを発明した男」と称され、その評価は本国アメリカより日本の方が大きい。しかしながら、ドラッカーの真骨頂は、ほとんど理解されていないが彼の深いスピリチュアリティに基づく人生観と社会観にあることを知らなければならない。

 キェルケゴールと
 若き日に出会う
  05年 11月 19日付「ニューヨークタイムズ」はその8日前、 95歳で亡くなったドラッカーの訃報を伝え、そのスピリチュアルな側面を紹介した。19歳の時出会ったキェルケゴール体験が決定的な影響力を与えたとしている。
 事実、ドラッカーは『時流とは異質のキェルケゴール』(タイトルは拙訳)を、 39歳の時発表している。キェルケゴールは19世紀デンマークに生をうけた、実存主義の開祖と言われるクリスチャン哲学者である。『死にいたる病』はよく知られている。『おそれとおののき』に出合いドラッカーは衝撃を受ける。キェルケゴールの著作はあまり翻訳されていなかったので、ドラッカーはデンマーク語を勉強し、貪るようにその著作から学んだのであった。
 キェルケゴールによれば、人間の実存は、精神における人間と社会における市民を、同時に緊張関係をもって生きることによってのみ可能であるとされる。市民として生きる「時間」と、精神における「永遠」とは次元が異質である。市民としての人間は社会に貢献し、成功し失敗する。しかし、時間における人間は死んだ後に何も残らない。精神における人間は、独自の単独者として永遠と向き合う。時間は時間であって永遠にはつながらない。この矛盾ともいえる永遠と時間を同時的に生きるという緊張状態においてのみ、人間の真実な存在としての実存が成立する。
 ドラッカーは、社会のなかで「時間」に属する組織経営を構想する。しかしその構想には、「永遠」への哲学が据えられている。人間の本質を「自由」と断じ、それを時間軸(現実社会)のなかで実現すべくドラッカー経営学が構築されているということができる。

 永遠を基盤に人生
 前向きに生きる
 私たちは現実社会のなかで生きている。喜び、悲しみ、楽しみ、苦しんで時間軸を生きている。しかし、どのような環境にあっても、永遠に関わるスピリチュアリティを基盤として据え、限りある時間軸の人生を前向きに生きていくことを学びたい。ドラッカー経営学に、彼の永遠を想う哲学が滲んでいるように、それぞれに与えられた現場で人生を全うし意義のあるものとしたい。
 ドラッカーは特に晩年、教会やキリスト教系非営利組織のために貢献した。どんな組織にも有効な成果を達成するために、自らの永遠への想いに関わって人生を前向きに生きたのであった。