内面だけでなく社会、被造物と関わる『「キリストさん」が拓く新たな宣教 災害大国日本に生きる教会と共に』

 本書は、2011年の東日本大震災以来、終わらない痛みの現場を見、それぞれの地域で仕えてきた被災地の教会、支援団体の関係者が一同に会した「日本宣教フォーラム」(福岡2018)での基調講演や発題がまとめられたものである。日本のどこででも大規模な災害が起こりうる時代を生きる者として、昨年出版された『「キリストさん」と呼ばれて』(いのちのことば社)と共に読むことをお勧めする。

 本書の総括で、九州キリスト災害支援センター(九キ災)の理事長の横田法路牧師は、キリスト者の災害支援の意義について次のように述べている。第一に、キリスト者の災害支援は、神の宣教の重要な一部で、

・・・シャロームの回復は、個人の内面だけでなく、人間関係、人と被造物との関係におけるwell-being の回復で、災害支援を通し、個人のレベル、共同体のレベルで、壊れた関係のwell-beingを回復させる。第二に、それは「キリストの生き方そのもの」で、苦しんでいる人を「見過ごす」のではなく、痛みや苦しみを共に担うことを実現させる、第三に、それは、「キリストのからだの美しさと力強さが現出する場で」、バラバラに見えていたキリストのからだを美しくつなげていく。第四に、それは、「キリスト者の霊的形成を助ける」。被災の現場は痛みの現場であり、支援をする側にも痛みが生じるが、その痛みに真実に向き合うことで、霊的形成がなされていく。そして最後に、それは、新しい宣教の形を示している。東日本大震災では、キリスト者が福音の未伝地であった農漁村にも入り、そこで「キリストさん」と呼ばれるようになった。

 横田牧師は、初代教会史家のアラン・クライダーによれば、ローマ帝国内で初期キリスト者たちが、迫害の中で爆発的に増えた理由は、彼らが疫病や災害時に、自分たちを迫害していた人たちであっても危険を顧みず、彼らを助け、愛を実践して生きたからであると述べている。本書を通して、「キリストさん」を通して主の宣教の業が、どのように拓(ひら)かれていくのか学びつつ、いつ起こるかもしれない自然災害に備えていきたい。

評・山崎 忍=ウェスレアン・ホーリネス教団浅草橋教会 牧師

『「キリストさん」が拓く新たな宣教 災害大国日本に生きる教会と共に』

横田法路編、いのちのことば社 1870円税込、A5判