
「教会と政治」フォーラム第14回例会が憲法学者の稲正樹氏を講師に、9月19日東京都内のビサイドチャーチ東京で行われた。講演題は「大嘗祭の問題点を考える−憲法学者と信仰者の視点から」。現在行われようとしている一連の代替わり儀式の問題点を具体的に指摘するとともに、キリスト者としてそれをいかに受け止めるべきかを語った。
はじめに、大日本帝国憲法下での皇位の継承について概観。それが世襲であること、男子がこれを継承することを定めており、それ以外の詳細は当時の(旧)皇室典範に委ねている。そこに規定された登極令が、践祚(三種の神器の継承)、即位礼(即位の布告)、大嘗祭の手順を定めていた。「明治憲法体制においては、皇室祭祀を含む神道は国教の地位を与えられており、神道形式で皇位継承儀式が挙行されることにはなんら問題が無かった」
しかし、1947年の日本国憲法施行、現皇室典範の制定により、旧皇室典範および登極令は廃止され、代替わりに関連する一切の儀式の根拠は無くなった。日本国憲法は「皇位は世襲のものであって、国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する」「皇位の継承があったときは、即位の礼を行う」と定めるが、現在の皇室典範には、「即位の礼」の具体的内容の記述はなく、「神器」「大嘗祭」は削られ、儀式に関する言及はない。にもかかわらず、89年の昭和天皇死去以後に、「大嘗祭」などの天皇代替わり儀式が行われた。これを踏まえて稲氏は「今回も天皇代替わりの期間に実施されようとしている多くの儀式は、憲法違反と言わざるを得ない」と言う。
今回の代替わり儀式に関する政府の基本的な考え方は、「憲法の趣旨に沿い」、「皇室の伝統等を尊重」、「現行憲法下において十分検討された平成の代替わりを基本的に踏襲」ということ。しかし稲氏によれば、「憲法の趣旨」が、憲法に明文のない「皇室伝統等の尊重」によって毀損されてはならない、また、平成の代替わりにおいては十分な検討はされておらず、時間的な切迫の中で、旧憲法下の皇室令に基づいてほとんどが強行された。「今回の代替わりに関しては、根本的に再検討されなければならない」
代替わり儀式の中心である大嘗祭に関する政府の基本方針は、宗教上の儀式としての正確を否定することはできないので国事行為としては行えないが、皇位世襲に伴う重要な儀式であり、公的性格があるから、費用は負担する、というもの。これに対し稲氏は「大嘗祭の宗教性を矮小化している。『公的性格』があると強弁して、宗教儀式に膨大な経費を支出してはならない」と述べる。その他「儀式」への基本的な問題点として、宗教儀式を含めスケジュールを政府が決定、公務員が神道儀式を含む私的儀式に関与、儀式内容が憲法原則(政教分離原則、国民主権原則)に反する、を挙げた。
この事態をキリスト者はどう受け止めるべきか。稲氏は「ローザンヌ誓約」他、先行の諸論考を引用しながら、「神への信仰の根幹が侵害されようとしているときには、キリスト者は、キリストが教会の主であり、国家の主であると告白し、平和の真勇を示すべき」「少数者であるキリスト者が声を上げることは、少数者の存在を示すことであり、この社会にあって重要」「諸教団が出した『戦争責任告白』で反省されたことのひとつは、預言者としての使命を怠り、国家や権力に対して発言しなかったこと。信仰と現実政治の二元論に陥ることなく、この国が過ちを犯そうとしているときに目覚め、声をあげるべき」と語った。
