先の見えぬ中 主にある交わりと慰め確かに

珠洲

珠洲クリスチャンセンターでは堂端優子さん=写真右=と森坂俊恵さん=同左=が迎えてくれた。
開拓者の宣教師がカナダに帰国した後、日本人の伝道師がセンターを引き継いだが、介護施設に昨年入所。以来、もう一人の信徒と合わせて3人で集会を守ってきた。EHC(全国家庭文書伝道協会)の「オイコス計画」に参加し、珠洲市内でのトラクト配布も行ってきたという。
建物は1985年築。内装にはゆがみも見えるが、応急危険度判定では「使用可能」となった。家が被災した二人は、センターに住まいを移すことに決め、新生活を始めている。
水道は二週間前に復旧したものの、建物内の配管は壊れたまま。今も自衛隊の炊き出しや風呂を利用している。珠洲市は人口が半分になり、今後も減るだろう、と二人は語る。
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珠洲市宝立町では、クリスチャンではないが温泉施設の経営者に話を聞くことができた。
―本館が道に覆いかぶさるように倒壊し、一人を除いて道の向かいの別館に駆け込み助かった。その後、4メートルの津波が来た。水道は復旧しないが源泉がある。能登ヘルプ(能登地震キリスト災害支援会)はじめ〝キリスト教さん〟が提供してくれたストーブや源泉くみ上げ用ポンプにより、営業を再開できた。もうお客さんに寒い思いをしてほしくない―
門前

門前聖書教会ではトラス宣教師夫妻が、発災からの経緯を語ってくれた。
携帯電話を持たず、メールはパソコンだけ。それが発災当日の停電で不通になり、知人からは生存を絶望視されたという。翌1月2日、平時は90分の道のりを5時間かけて来訪した、内灘聖書教会の酒井信也牧師が撮った上の写真により、二人の安否が明らかになった。
そして下の写真は今回の訪問時のもの。ブルース・トラス氏の手には醤油差し。二人の暮らしには平安が戻りつつあるように見える。

電気は1月6日に、水道は3月16日に復旧したばかり。教会の向かいの民家は全壊ののち取り壊され更地に。ゴスペルボックスの販売場所に協力してくれた近隣住人も、家族を亡くしていた。
「門前は曹洞宗總持寺の門前町。保守的だが、排他的ではない。今回の地震を通して、近所の方とより知り合わせていただいている」とトラス美保さんは話した。
能登

能登町宇出津(うしつ)の能都聖書教会=上写真=には、ニッカーソン宣教師一家と信徒三人の姿があった。
停電は1月1日のみ。水道は町中で復旧するも、教会のある丘の上ではまだ復旧しない。ニッカーソン氏は毎日、沢へ水をくみに。4月中には復旧するのでは、と話すが、確かな見通しは立たない。
七尾

七尾聖書教会では、日曜礼拝の前後、午後の集会の前に販売。30人ほど集まり熱心に買い求めていた。写真は、新来会者に本を勧める梶山献一牧師=写真右=と、この日の講師の高橋裕子氏=同左=。
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日本基督教団七尾教会では、2007年の地震での建替・補修により、今回の損傷は抑えられ、教会と幼稚園の活動は一部を除き維持。集会室の白板には、発災直後に受け入れた一時避難者の氏名と帰宅状況が、「記念に」消さずに残されていた。
金沢

金沢独立キリスト教会は能登ヘルプの拠点の一つに。牧師の岡田仰氏は能登ヘルプの世話人代表。集会の合間の慌ただしい時間にも多くの信徒が、ゴスペルボックスの能登巡回について耳を傾けていた。隣接する教会付属子ども園からも興味の視線が。
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金沢市内の被害について、高山右近資料館「ギャラリー・ジ ュスト」代表、金沢観光ボランティアガイドの奈良献児氏(日本同盟基督教団支援教師)に話を聞いた。
―江戸時代に積まれ、後年に簡易的な補強をした石垣が、市内随所にある。ギ ャラリーの裏でも崩壊し、建物の外壁が損傷=下写真。奈良氏提供=。シルト(砂状・泥状のもろい地層)が露出した。能登半島での工事を優先して補修工事を後回しにし、新しい擁壁と外壁は3月に完成しました―

