贖い – クリスチャン新聞

『イエスの死の意味 旧約の犠牲祭儀から読み直す』C.A.エバハルト著、河野克也訳。日本基督教団出版局、A5判160頁、3,300円（税込） 【評者】久保木 聡（くぼき・さとし）日本ナザレン教団大阪桃谷教会牧師。著書『オカリナ牧師の聖書ゆるり散歩』（いのちのことば社）。「久保木聡牧師とNVCを学ぼう！」をテーマに動画で非暴力コミュニケーション（Non Violent Communication）について啓発中。 神殿祭儀から身代わりの犠牲は読み取れない 「旧約聖書で神殿でささげられる動物犠牲は罪の身代わりか？」と問うなら、多くのクリスチャンが「そりゃ、そうでしょ」と答えるのではないかと思う。しかし、本書は、レビ記1～7章を丁寧に読み解きながら、神殿でささげられる動物犠牲は罪の身代わりではない、と告げる。 神は宥めを要求する？ 例えば、著者はレビ記1章4節にある「その全焼のささげ物の頭に手を置く。それがその人のための宥め（ヘブライ語：キッペール）となり、彼は受け入れられる」（新改訳2017）について以下のように語る。「宥め」と邦訳されているが、キッペールは「贖い」を意味する。つまり、「宥め」と訳している時点で、神は人の罪に怒っていて、宥められることを要求していることが前提の翻訳となっている。「贖い（atonement）」とは「一つになること（at-one-ment）」という意味であって、いつも罪を贖うことを含んでいるわけではない。全焼のささげ物は、必ずしも奉献者が罪を犯したことを前提としていないと著者は語る。 （次ページで、食とのかかわり、キリストのからだ、などについて） 「古代イスラエルおよび初期ユダヤ教における犠牲は、食事のコンテキストにおける献げ物と考えられまたそのように描かれている」（65頁）と著者は告げる。身代わりの犠牲ではない。食事なのだ。たとえるなら、大変お世話になっている人のところへお土産を持っていき、もてなされる中、ゆったりと共に食事をし、今後も多大な庇護（ひご）の中を歩むようなもので、祭壇の犠牲はお土産のような携え物なのである。 「罪のないものが罪責のある者の代わりに苦しむことを想定する「代償」（substitution）という概念は、ヘブライ語聖書の犠牲祭儀からは生じない」（87頁）とも本書は語る。犠牲の血は効果的な祭儀的清浄剤であり、贖いは罪の浄化を通して達成されるものであって、代償ではないと告げる。 こう書くと、本書は、キリストの十字架が罪の身代わりとしての犠牲であったことを否定しているのか、と思うかもしれない。そうではない。苦難のしもべの歌（イザヤ書52章13節〜53章12節）や過越の小羊としてキリストを描き、また、キリストは自身を「身代金」として与えるために来たことを告げる（マルコ10章25節）。ちなみに、この「身代金」は新改訳2017では「贖いの代価」と訳されているが、原文では「贖いの」は含まない商業用語である。つまり、著者が述べるのは、身代わりとしての犠牲というモチーフは神殿祭儀から切り離された文脈から出てきているのであって、旧約の神殿祭儀から罪の身代わりの犠牲は読み取れないということ。そして過越は各家庭で小羊を屠（ほふ）るのであって神殿祭儀に含まないとのこと。キリストを身代わりの犠牲であることは聖書全体からすれば限定的なのである。 料理になんでもマヨネーズをかけて食べる人がいるが、あたかもそのように、聖書のすべてに対し、キリストの十字架が罪の身代わりの犠牲として（マヨネーズをふりかけて）読むことが起こり得る。なんでもマヨネーズをかけるのは、ある人たちの好みの味付けに過ぎない。神殿犠牲にまで、身代わりの犠牲を読み込まないでくれ、また、キリストの十字架を罪の身代わりとしてだけ読むのはいかがなものか、と本書は訴える。 キリストの体としてともに痛み、苦しむ 仮に教会内でセクハラの問題が起こったとしよう。加害者に対し、即、「イエス様があなたの罪を十字架で身代わりとして負ってくださったので、あなたの罪は赦されました。わたしたちは一切問いません」と告げ、被害者に対し、「イエス様が加害者の罪を十字架で身代わりとして負ってくださったので、この人の罪は赦されています。ですから、あなたも赦しなさい」と告げることが適切とは言い難い。必要なのは被害者の痛みに寄り添い、損なわれた被害者のニーズが少しでも満たされるように、共に痛み、生みの苦しみをするのが、同じキリストの体としての教会の在り方である。それと共に、加害者も何かのニーズが満たされないが故に悲劇的な言動をした結果がセクハラだった可能性がある。叱責や罰則の適用をし、悔い改めを促すだけでは加害者は更生しにくい。加害者が立ち直るために、加害者のニーズが満たされ、新しい歩みができるよう、教会は同じキリストの体の一部として共に生みの苦しみをすることが求められる。 本書が告げるのは、神殿犠牲は神との食事だということである。キリストは罪人との食事を大切にされた。復活後、三度否んだペテロとも食事をしようとされた。今日の日本と違い、当時のユダヤ人の食事はとてもゆっくりとしたものだったらしい。そこでは深い人格的な交わりがあったことが想像される。キリストは被害者に寄り添い、加害者にも寄り添った。その惜しみない愛の究極が十字架である。十字架は罪の身代わりとだけ見るのでない。共に食事をし、立ち上がることができるようどこまでも寄り添い続ける徹底した愛でもある。 神殿祭儀を食事として読む本書に出会って、キリストがわたしに一緒に食事をしようと招く愛がじーんと伝わってきて泣けてきた。加害者であるときも、被害者であるときも、共に食事をしつつ、わたしに寄り添い、立ち上がらせてくださるキリスト。キリストによって贖われ、一つとされた喜びと共に、世界の破れをキリストと共にささやかにでも繕っていきたい。本書を読んで、そんな思いになっている。 【評者】久保木 聡（くぼき・さとし）日本ナザレン教団大阪桃谷教会牧師。著書『オカリナ牧師の聖書ゆるり散歩』（いのちのことば社）。「久保木聡牧師とNVCを学ぼう！」をテーマに動画で非暴力コミュニケーション（Non Violent Communication）について啓発中。

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《神学》神との食事からキリストの十字架を捉える