
太極旗と愛国歌の背後にある抵抗の歴史
昨年8月13日、私は日本の教会の指導者の方々と共に、韓国の教会総連合(韓教総)が主催する「光復節80周年記念礼拝」に出席した。日本側の指導者が真心を込めた謝罪と和解のメッセージを伝えた際、会場を埋め尽くした3,500人以上の会衆が深く感動し、真に互いへ歩み寄る心を感じ取ることができた。礼拝の締めくくりに、全会衆が太極旗を手に持ち、愛国歌を力強く歌う光景は圧巻の一言であった。その強烈な一体感に圧倒されたが、式後、日本の指導者たちは「日本の教会では、このような場面を演出することはできない」と語った。
かつて日本の教会は国家と一体化して戦争を推進し、戦意高揚のために天皇崇拝をし、君が代を歌い、日の丸を掲げたという痛恨の歴史を持つ。その過ちに対する深い反省から、戦後の日本の教会は国家権力やその象徴的なものと厳格に距離を置く道を選んだ。日本の教会が決して国を愛していないわけではない。しかし、過去の失敗を繰り返さぬよう、今なお過去と断絶しきれていない国家権力に対しては、厳しい姿勢を保たざるを得ないのが現状であろう。
一方で、韓国の教会は対照的な歴史を歩んできた・・・
(次ページで韓国の教会と国家、教会が組織として特定の政治勢力と結託する問題、「癒着」でも閉鎖的でもない「善なる協業」、などについて)
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