国策と伝道 「満洲(満州)伝道」の実態とは 資料整理に着手 金城学院大学プロジェクト

写真 東亜伝道会関係資料(上)。右下は本紙1976年10月17号の連載に掲載された福井二郎、吉持久雄、山下永幸の写真

国策と伝道はどのようにかかわっていたか。戦時中、日本の教会によってなされた満洲(※)伝道の実態が明らかになるかもしれない。戦後80年をへて、長らく保存されていた資料の整理が着手された。

(※学術界では「満州」ではなく「満洲」の表記が一般的。本記事ではこれに従います)

 金城学院大学キリスト教文化研究所は、満洲伝道に従事してきた宣教団体「東亜伝道会」の本部があった日基教団・富士見町教会から、関係資料を預かり、「東亜伝道会史料整理研究プロジェクト」を2025年から始動した。同時に資料の穴を埋めるべく、満洲伝道にかかわった人物などについての情報提供を広く募っている。

 同プロジェクトメンバーらは、本格的な資料整理作業が始まるのを前に、公開講演会「満洲伝道会/東亜伝道会の謎に迫る——史料整理に向けた予備的考察」(2月17日、金城学院大学 エラ・ヒューストン記念礼拝堂)で、従来の満洲伝道についての研究状況を整理報告した。

 同プロジェクト共同代表の落合建仁氏(金城学院大学文学部教授/キリスト教文化研究所所員)の概要説明に続き、「熱河伝道」について渡辺祐子氏(東北学院大学国際学部教授)、満洲伝道会現地代表・山下永幸について金丸裕一氏(立命館大学 経済学部教授)、純福音派の教師たちについて川口葉子氏(明治学院大学 キリスト教研究所客員研究員)が講演した。同プロジェクト共同代表の松谷曄介氏(金城学院大学 准教授/キリスト教文化研究所所員)が司会・コメンテーターを務めた。

落合氏は、同プロジェクトの経緯を説明した。「東亜伝道会」とは、満洲事変直後、富士見町教会長老の日疋信亮(ひびき・のぶすけ)によって、中国語で、中国現地人に伝道する「満洲伝道会」(1933年)に由来する。40年には、伝道対象地域を中国全域・東南アジアに広げ「東亜伝道会」と改称した。

先行研究では、今回の保存資料について言及・引用されているが、実際の資料は、未整理だったという。今後の資料の劣化や散逸を懸念し、同プロジェクトでは、同資料を学術的に整理・保存し、当面は目録作成などの基礎的作業を進める。史料のデジタル化と公開も目指す。落合氏は、鎌倉雪ノ下教会で牧師をしていた時代に、現富士見町教会の藤盛勇紀牧師と交友関係があり、今回のプロジェクト実施につながったと、感謝した・・・

(次ページで渡辺氏、金丸氏、川口氏の発表概要で、「大状況〟の中での〝小状況〟の意味」、「謎の残る人物 山下永幸」、「熱心な伝道心と利害関係」など)※以下は購読者向け