2017年頃から、日本のメディアでも「福音派」という言葉が取り上げられるようになりました。アメリカ福音派とは、どのような宗教運動で米国社会にどのようなインパクトを与えたか、又、福音派の政治化(政治参加)は国内外への影響、国内外に対立と分断を招いているトランプ政権を福音派・宗教右翼はなぜ支えているかについて見ていきましょう。
Ⅰ 建国と市民宗教の成立
1620年、メイフラワー号に乗ってボストンの南のプリマスに上陸した巡礼父祖は英国で清教徒的な理想社会を実現出来ずに新大陸に来たので、自分達は「神に選ばれた民」と言う強烈な宗教的自己意識がありました。メイフラワー盟約にこうあります。「我らはこの文書により、神の御前にて、神と我らの間に厳粛なる盟約を交わし、一致団結して市民政治の実をあげ、もって秩序を改善し、自己保存を全うし、上記の目的を促進する。…」。
アメリカでは宗教がアメリカの国家アイデンティティ確立のために二つの貢献をしました。一つは「アメリカは特別な国である」ということです。次に市民宗教(civil religion)を築き上げました。市民宗教はプロテスタントとカトリック及びユダヤ教の三つに共通の旧約聖書とその神だけを重視。又、米国を「新しいイスラエル」「選民」と呼びます。
しかし市民宗教の神は、国の行為を批判する神ではありません。市民宗教は偏狭な愛国心と結びつき、聖戦、正戦として戦争行為を正当化しやすくします。市民宗教の神は祝福の神、祭司的な働きをして、国家を批判する神ではありません。「国家は、国民の結合のために、国家宗教ないし市民宗教を起こそうとする時、神のみ旨に背くものとなります」。
Ⅱ 原理主義の中から生まれた福音派の形成
福音派のルーツは20世紀の米国のキリスト教原理主義です。20世紀の初め、アメリカではリベラル派(自由主義神学)がキリスト教の7割を占め、工業化社会の中で社会的運動が盛んでした。リベラル派はドイツの近代神学の影響を受け、聖書の歴史的批判を受け入れました。保守派は少数派(25%)で、近代的傾向を拒否し、旧新約聖書全体を神の言葉として重視する原理主義の立場を固守しました。原理主義者達は、社会的福音に対抗して、原理主義の教理を守り、救霊を第一としました。また、終末論においてディスペンセーション主義に立ち前千年王国説を採る立場もありました。
1940年代の原理主義のグループは、戦闘的分離主義のグループと穏健グループの二つに分かれていました。穏健派原理主義のグループは「新福音派」「福音派」と呼ばれました。福音派は1942年に「全国福音派協会(NAE)」を創設し、ロビー団体を首都ワシントンに設立。NAEの創設者たちは、原理主義的な考えや差別的な言説から自分達を区別するために、福音派という新しい名称を採用したのです。日本の福音派と呼ばれる教会や教団の多くは同会の流れを汲みます。福音派は聖書の権威や個人的回心を重視する保守的プロテスタントです。又原理主義に対抗して知性を尊重します。
ビリー・グラハムは福音派の代表的な人物となりました。彼は原理主義の出身ですが、その狭量さから脱出して漸次、福音派に成長しました。
Ⅲ 国家的危機における福音派―1950年代〜1970年代
公民権運動(1953年〜1968年) 米国公民権運動は南部を中心に展開された黒人主導の全国的な社会運動で人種差別の撤廃と平等な権利の獲得を目指しました。運動はマーティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師の指揮の下、行なわれました。主流派教会は黒人支援を表明したのに対し、グラハムを始め福音派は関わらない態度を取りました。
ベトナム戦争(1966年〜1973年) グラハムなど主流福音派はベトナム戦争を肯定し、政府の姿勢を受け入れました。
急進福音派(福音派左派)ジム・ウォリスは主流福音派と同じ「福音」を標榜しながらも理解は異なっています。グラハムはベトナム戦争を支持しウォリスは反対します。対比されるのは「神の国」理解の相違です。主流福音派は米国が「神の国」となることを願い、国家と自らを一体化して捉えています。急進的福音派は自分達を「神の国の住民」と位置づけ、米国における「サジャナーズ[寄留者]」と称し、聖書で語られる「真実」を米国に浸透させる事を使命としています。
Ⅳ 1980年代以後の宗教右翼、福音派の急進展―モラルマジョリティとキリスト教連合
福音派は1970年代から80年代にかけて、政治的、社会的活動に大規模に動員されました。モラルマジョリティはキリスト教右派の生命、性、家族の領域での伝統的価値の巻き返しと家父長制的権威の復興、同性愛反対妊娠中絶反対の政治運動です。その主張は①世俗的人間中心主義への批判、②伝統的家庭を守ること、③アメリカ至上主義の三つです。キリスト教連合は保守的キリスト教連合で、全米31州に共和党組織を作り大票田として、影響を及ぼしました。宗教右翼、福音派の指導者へ影響を及ぼしたのはR・J・ラッシュドウニーが唱えたキリスト教再建主義という特異な思想です。政治、経済、家族、教育、宗教などの領域を聖書の法に従わせ、この世界をキリスト教的に再建し、支配していくことを目的としました。
Ⅴ 父子ブッシュ大統領と福音派、原理主義者
父ブッシュは宗教右翼の歓心を買って政策を進め、91年の湾岸戦争の時にグラハムと祈り、福音派を含む宗教右翼に戦争支持を求めました。子ブッシュ政権が誕生直後、2001年9月11日の同時多発テロの時、愛国主義と福音派を含む原理主義的宗教が前面に出て、国民の8割が大統領を支持しました。
Ⅵ トランプ政権誕生・第一次と第二次―福音派はなぜ共和党及びトランプ政権を支持するのか
1 第一次トランプ政権と人種差別 ブッシュ政権後オバマ大統領が2期(2008年―2016年)務めました。オバマ大統領を福音派左派と穏健福音派が支持。白人福音派は初のアフリカ系アメリカ人のオバマ大統領に反対し、オバマ氏の信仰の正当性を疑いました。フランクリン・グラハムは「オバマ氏は“イスラム教の種子”を父親から譲られた」と言いました。2017年1月に第1期トランプ政権が始まり、トランプ氏はイスラム諸国7カ国からの入国禁止処置実行。
2020年1月トランプ氏がバイデン氏に負けた時、トランプ氏は「選挙は盗まれた」と言い、福音派を含む支持者が議事堂に乱入。2024年10月21日のトランプ集会でフランクリンはこの選挙戦を神と悪魔の戦いという終末論的な物語の中で、勝利を祈りました。2025年1月大統領就任式で「神よ、トランプを敵から救い復活させて下さった」と祈りました。ビリーが植え、フランクリンが水を注ぎました。福音派という宗教運動は米国を大きく変えてしまいました。
政権は白人ではない米国国民を排斥しました。多様性、公平性、包括性の否定は人種・性別等の多様性の排除です。
Ⅶ 福音派とキリスト教ナショナリズム
トランプ政権になり、福音派の運動は「国家のキリスト教化」に変わりました。今や救済されるべきは個人ではなく国家です。キリスト教ナショナリズムの四つの特徴を持ちます。第一は権威主義的な社会統制を認める点。第二は、伝統的な階層社会や家族への執着。第三に、人種、民族的境界を強く意識し、米国生まれの白人のプロテスタントが理想的な米国人だと見る点。第四に、ポピュリズムです。しかしながら、神学的に見ると「キリスト教」と「ナショナリズム」の結合はどの国でも危険です。聖書の神は超越神で、国家や民族を祝福もするが審きもします。アメリカに内在する神はアメリカと一体化し、アメリカだけの善を図る神であり、少なくともキリスト教の神ではありません。
福音派の人々は敬虔とは言い難いトランプ氏をなぜ好むのでしょう。それがまさにキリスト教ナショナリズムの力なのです。人格はともかくキリスト教国家主義の主張や利益を守る力を指導者が持っているかどうかに尽きます。福音派の指導者は、グラハムに始まりドブソンに至るまで、正しい大義のためなら、家父長主義的で力強いマッチョなリーダー像を説きました。イエスは「福音書のイエス」ではなく「戦士のような指導者、究極の戦士」となったのです。
Ⅷ 福音派の独特な終末論・ディスペンセーション主義とクリスチャン・シオニズム
福音派は、19世紀前半にイギリスのジョン・ダービーが主張し、創造から終末の時代を7つの時期に分けた、ディスペーセーション主義を支持します。彼らは前千年王国的ディスペンセーション主義の立場に立ちます。彼らの聖書解釈によればキリストが再臨するこの世の終末の時に、約束の地に復帰したユダヤ人が重要な役割を果たすことになっています。神はイスラエルを擁護する者を善とし、祝福されると主張します。それは福音派の人々に戦闘性を生み出します。
ティム・ラヘイとジェリー・ジェンキンズ著『レフトビハインド』シリーズ(邦訳いのちのことば社)は、ディスペンセーション主義に立った、千年期前再臨患難期前携挙という終末論的立場です。この立場に立つ時、患難の間、エルサレムにユダヤ神殿が再建され、旧約聖書の祭儀が再び行なわれる事を信じています。著者の運命的な終末論は必然的にパレスチナにおけるイスラエル国家とそのなすところへの無条件の支持に繋がります。又パレスチナ人を排除します。
しかしながら、岡山英雄は患難期前携挙説を極めて歴史の浅い新説だと言って否定します。歴史的に見るなら「教会は終末の苦難の時代を通って来臨の主と会う」という説、「患難期後携挙説」は初代教会から現代にまで広く受け入れられてきました。2世紀から中世、宗教改革を経て18世紀に至るまで、この説を否定する者はなかったのです。パウロは終末に関してどんなに興味深い話でも、正しい聖書解釈に基づかなければ、それは単なる「空想話」(Ⅱテモテ4・4[作り話]新共同訳)でしかない。神の民は「健全な教え」(同4・3)に基づいて苦難の現実を直視し、その中でキリストの勝利に与らねばならない、と言いました(岡山英雄『子羊の王国―黙示録は終末について何を語っているのか』改訂版 いのちのことば社2016年、63―65頁)。
米国福音派の至上主義には他の国の福音派教会との国境を越えたトランスナショナルな連帯がなく、他国の福音派の教会と考え方が異なります。米国福音派はキリスト教ナショナリズムに立ち、その選民思想は第二次大戦中のドイツ的キリスト者や国家神道に迎合した日本的キリスト教に似ています。米国主流福音派は本当のキリスト教なのでしょうか。
【参考文献】加藤喜之『福音派―終末論に引き裂かれるアメリカ社会』(中公新書2873、中央公論新社 2025年)青木保憲『アメリカ福音派の歴史―聖書信仰にみるアメリカ人のアイデンティティ』(明石書店 2012年)Kristin Kobes Du Mez Jesus and John Wayne How White Evangelicals Corrupted A Faith and Fractured A Nation LIVERIGHT, 2020(クリスティン・コベス・デュ・メズ教授 Calvin College 教授) その他の文献
*上記の寄稿は、油井氏のJECA社会委員会提出の小論が同全国運営委員会で承認されたもので、油井氏の承諾を得てクリスチャン新聞に転載しています。
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