
今日、様々な分野で生成AIの実用化が進み、教育分野でもAIの教育的意義や活用法が議論となっています。しかし、議論はその緒についたところで、AIの教育的価値を模索しているのが現況と言えるでしょう。ここでは、キリスト教教育におけるAIの教育的価値や意味について、現時点での私見を述べたいと思います。
生成AIは、教育に大きな可能性をもたらす一方で、「人間とは何か」という根本的な問いを突きつけています。オックスフォード大学名誉教授でキリスト教思想家のジョン・レノックス氏は、AIがいかに高度な情報処理を行い、人間の知的活動に似た振る舞いをしても、AIは人格、意識、良心を持つ主体ではなく、文章を作り、要約し、議論を整理することはできるが、愛すること、悔い改めること、赦すこと、神と隣人に応答することはできない。AIやポストヒューマニズムには、人間を「より高性能に改良されるべき存在」と見なし、技術的向上を救済のように語る傾向があると警告します・・・
