【葬儀特集】「仏式の葬儀に牧師の奨励」亡き父の思い遺言書に 信仰告白と家族への愛  中田 朗 (本紙協力記者)

遺言通り齋藤牧師が棺の前で奨励と祝祷をした

「お骨は、入間メモリアルパークにある深沢教会の納骨堂に、すでに納めてある曜子(妻)、透(長兄)の骨壺の隣に納めてほしい」、「葬儀の宗派は問わないが、透と私に洗礼を授けてくれた齋藤篤牧師に来てもらい、奨励と祝祷をお願いしたい」


 これらの文言は、父の修の遺言書に書いてあった内容だ。


 父は昨年1月、102歳で亡くなったが、亡くなる7年ほど前の90歳半ば頃から、M銀行の行員と一緒に遺言書作成をしていた。父にとっては最後の大仕事だった。遺言書の主な内容は、次兄と私の遺産分配や、自分が亡くなった後の実家の土地の処分について、などだ。


 その後、病床洗礼を受けて先に召されていた透と「天国で会いたい」という願いから、父は98歳の時に信仰を持ち、当時、深沢教会の牧師だった齋藤牧師(現:日基教団・仙台宮城野教会)から洗礼を受けた。そんな経緯もあり、その後、遺言書に上記の文言を付け加えたようである。


 父の死の数日後、葬儀は世田谷区桜新町にある一般の葬儀社で執り行われた。喪主は、クリスチャンでない次兄が担った。次兄は中田家の檀家が真言宗ということで、葬儀社との話し合いにより、仏式による家族葬と決まった。


 ところが、遺言書には「齋藤牧師に来てもらい、奨励と祝祷を」との文言があったため、齋藤牧師も仙台から駆けつけ、奨励と祝祷をするという、前代未聞の仏式キリスト教式のハイブリッドな葬儀となった・・・

(続き[下部ログインボタンから]で、ハイブリッドな葬儀の模様、父の遺志、その影響、など)

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