(1面からつづき)「横田めぐみさんの帰還のための祈りのコンサート〜believe〜」(Believe・キリスト教会祈りのネットワーク主催)は、「Believe(信じる力は奇跡を起こす)」をテーマに開催された。
最初に参加者全員で聖歌292番「今日までまもられ」を賛美。その後、ユーオーディア・アンサンブルが「主の祈り」「主のまことはくすしきかな」を演奏。クラリネットや弦楽器のハーモニーが心地よい音色となって会場を包んだ。続いてこの集会のために駆けつけたソウルオンヌリ教会のチームと、ひばりヶ丘バイブルチャーチ、グローリー・アット・ヘブン合唱団のメンバーの混声チームによる「日韓合同賛美チーム」が、ユーオーディア・アンサンブルの伴奏でMEBIG賛美の「花も」を日本語、韓国語で賛美。ソウルオンヌリ教会のチームは、このために作って持ってきた青と白の「Believe Tシャツ」を着て歌った。
横田さんは、めぐみさんがいなくなった当時の心境を振り返った。「あの時は死にたいとしか思えないほど悲しくて、苦しい、地獄というか、何をしても魂が救われることはなかった。死んでしまったらいちばん楽だと思いました」
そんな時、一人の婦人が「聖書をここに置いておきます。一度でいいから読んでね。ヨブ記というのがあるからね」と言って、横田さん宅の玄関に置いていった。ヨブ記を開くと、「私は裸で母の胎から出て来た。また裸でかしこに帰ろう。主は与え、主は取られる」(1・21)の御言葉が自分の心にすっと入ってきたという。以後、ローマ人への手紙や詩篇など、いろいろな書を読むことを通して「自分の魂、人間は本当に小さなものに過ぎず、神様が全部ご存じだということに気付かされました」。また、拉致された年の夏、めぐみさんが「お母さん、イエス・キリストって信じられる?」と言っていたことを明かし、「すべてはつながっているんだなと思った」。「多くの方々の支援、その上におられるイエス様の愛により、私の心はすっかり変えられ、新しい横田早紀江を生み出してくださったことに感謝している」とも証しした。
この後、19年以上にわたり横田さんを支えてきた祈りの友、斉藤真紀子さん、牧野三恵さんも登壇。福澤牧人さん(東京キリスト宣教教会牧師)の司会でトークの時間を持った。最初に、「早紀江さんを囲む祈り会がどのように始まったか」の質問に、斉藤さんが答えた。「2000年5月、当時、東京・新宿区信濃町にあったいのちのことば社で始まった。その母体となったのが42年前の新潟の聖書を読む会。40代の頃から一緒に、一生懸命祈り会をしてきたが、体も疲れ、心も弱ってくる。そんな時に『雄々しくあれ。心を強くせよ。すべて主を待ち望む者よ』(詩篇31・24)の御言葉が与えられた。今日のこの会のことを聞いた時、『これは神様の助けだ』と思った」
「早紀江さんにとって聖書の言葉はどういうものか」という質問に対し、横田さんは、「ヨブ記は難しいという感覚は全くなかった。ハッとさせられた。罪にまみれた人間を、神様の手のひらの上に載せてくださる方がおられる。そう感じた時の平安、感謝、空気がおいしくなったという感じです」
「ヨブ記1章21節の次の22節には『神に対して愚痴をこぼすようなことはしなかった』とあるが」という質問に牧野さんは、「すみません、私は愚痴ります」と正直に告白。そんな中で「人間に頼っていた自分を示された」とも言う。「『これは…神の戦いである』(Ⅱ歴代誌20・15)という御言葉が示された時に、『そうだ、神様は共にいてくださるんだ』との励ましを受けて現在に至っています」と語った。
牧一穂氏(リバーサイドチャーチ岡山教会牧師)はピリピ人への手紙2章2節から奨励。「私も子どもがいるが、我が子はある日突然いなくなって、40年間、どこにいったか分からなくなったら、奉仕が続けられていただろうか。早紀江さんの話をされている姿を見て、私ならできないと思う」と、自分のことに置き換えて話した。
「先日、早紀江さんを囲む拡大祈祷会に参加した。めぐみさんの救いのための会なのに、そういう話ではなかった。日本、アジアのため、そして北朝鮮の人々を愛することだった。その姿を見て、集会中に涙が出た。私たちが志を一つにして祈る時、神様は水がぶどう酒に変わるような奇跡をもたらされる。現状は厳しいが、そのような奇跡が起こることを信じる」と結んだ。最後に、めぐみさんや拉致被害者、拉致問題解決のための祈りの課題などを挙げ、3人の牧師が代表祈祷した後、会衆一同の祈祷課題を覚えて祈った。【中田 朗】
