欧米のキリスト教では歴史的に、戦争をする際の正当性を「正義の戦争」(正戦論、義戦論)という倫理規範に依拠してきた。戦争を正当化しようとする正戦論自体への批判がある。しかし、突然ベネズエラを爆撃して大統領を拘束したり、イランを爆撃して最高指導者らを殺害したりするトランプ政権の行状は、正戦論の倫理規範さえも無視していると、コロンビア大学アーヴィング・メディカル・センター倫理学者兼ポスドク研究員のジャスティン・R・ホーキンス氏は批判する。4月10日、本紙提携の米福音派誌「クリスチャニティトゥデイ」にホーキンス氏が寄稿した。

ドナルド・トランプ大統領とピート・ヘグセス氏はキリスト教について頻繁に語るが、彼らはその正義の戦争というビジョンには関心がないようだ
「深遠な悪」を脅威として提示することは、その悪を軽視することにつながる
ジャスティン・R・ホーキンス
少なくともこの記事の執筆時点では、米国によるイランへの戦争は一時停止している。不安定な停戦は来週にも破綻し、戦闘が再開されるかもしれない――あるいは、この戦争が終結する可能性もある。明確かつ一貫した根拠なしに開始された紛争の唯一の希望の兆しは、同じように収束し得るという点だ。
しかし、たとえそれほど早く平和が訪れたとしても、米国のクリスチャンは、この春、指導者たちが何をしたかを見ていないふりをすることはできない。もはや米国の政府は、軍事介入を正当化するために、聖書に基づく戦争倫理の規範である「正戦論」の細部について議論することに興味を持っていない。その代わりに、信仰の実質を無視しつつ、その言葉や象徴を利用することで、その規範を完全に無視しようとしているのだ。
米国の歴史のほぼ全期間にわたり、大統領とそのスタッフは、正戦論に深く根ざした言葉と論理を用いて軍事決定について語ってきた。何世紀にもわたりキリスト教思想家たちによって発展させてきたこの理論は、戦争を行う者に対し、戦闘の前と最中の両方でその正当性を評価することを求めている。トマス・アクィナスのような理論家たちが主張するように、戦争が正当であるためには、特に罪のない民間人が関与する場合、正当な権威によって、正当な理由に基づき、正当な方法で遂行されなければならない。
この理論を批判するクリスチャンたちは、その用語があまりにも曖昧で不正確だと主張している。例えば、「クリスチャニティトゥデイ」誌のボニー・クリスティアン氏は、正戦論は「制限として機能するよりも、むしろ、私たちがすでに実行することを決めたことに対する、都合よく曲げられる正当化の根拠として機能してしまうことがあまりにも容易である」と記している。道徳的概念の乱用が、その適切な使用を無効にするわけではないが、クリスティアン氏が指摘するように、政治家たちは明らかに不正な戦争を正当化するために、正戦論の枠組みを頻繁に利用してきた。
その曲げられやすさこそが、指導者たちが正戦論を全く顧みない瞬間――倫理的な議論を試みることなく、代わりに露骨に非道徳的な言葉で自らの計画を説明する瞬間――を、いっそう衝撃的なものにしている。
ドナルド・トランプ大統領は、イースターの翌日にこの道を選んだ。彼はソーシャルメディア上で、「今夜、一つの文明が消滅し、二度と復活することはないだろう」と発表したのだ。敵の戦闘員だけでなく、国全体に対するこの死の脅威は、紛れもなくジェノサイドの脅威であり、米国が1948年に署名したジェノサイド防止条約への違反である。
ジェノサイドが「正戦論」の範疇をはるかに逸脱していることは、同理論を徹底的に理解していなくとも分かる。この脅威は、最も厳しく深刻な道徳的非難に値する。なぜなら、これほど深刻な悪を脅かすという行為そのものが、その悪を軽視することになるからだ。そしてイランの民間人たちが、これが単なる威嚇ではないと懸念する十分な理由があった。なぜなら、その脅威は、「正戦論」の原則と米国法の双方に対する長きにわたる無視の集大成として発せられたものだったからだ。
トランプ氏に次いで、ここで最も目立つ人物はピート・ヘグセス国防長官だ。彼は頻繁にキリスト教について語り、ペンタゴンで祈祷会を主宰してきた。そうした集まりの一つで、ヘグセス氏は「あわれみを受けるに値しない者たちに対する」暴力を祈った。3月中旬の記者会見で、彼は「敵に対しては容赦もあわれみもない」と約束した。そして昨年の秋、ヘグセス氏は自身の指揮下では、軍隊は「もはや政治的に正しい、押し付けがましい交戦規則などなく、ただ常識と、最大限の殺傷力、そして戦闘員への権限」によって特徴づけられると述べた。
他者への慈悲を拒むという自らの意図を正当化するために、「あわれみと赦し」の神(ダニエル書9章9節)を引用するのは確かに奇妙なことだが、「あわれみなし」という法的定義は存在しない。しかし、「容赦なし」という脅しは、法的な用語である。「容赦なし」という状況下では、敗北した敵の戦闘員は捕虜にされることもなければ、降伏する機会も与えられない。彼らは単に殺されるだけである。
降伏した兵士はもはや戦闘員ではないため、その死は戦死とは異なる。彼らを殺害することは殺人である。これは、正戦論や米国が署名・批准した1907年のハーグ条約だけでなく、国防総省自身の『戦争法マニュアル』にも基づく。「『容赦しない』と宣言することは禁じられている」と、同マニュアルは述べている。「さらに、生存者を一人も残さないことを前提に敵対行為を行うこと、あるいは敵に『容赦しない』と脅すことも禁じられている」
米軍がヘグセス氏の「容赦しない」という脅しを実行に移すことは、国防総省自身の規則に違反することになる。そして、イェール大学ロースクールの学者ウーナ・ハサウェイ氏が最近指摘したように、その宣言自体が誤りである。それは敵が死を賭して戦う可能性を高め、その結果、戦闘を必要以上に残忍なものにしてしまう恐れがある。
残念ながら、こうした発言はヘグセス氏や彼が代表する政権にとって、決して珍しいものでも前例のないものでもない。ヘグセス氏は、もはや脅威とならない元敵戦闘員を殺害した行為などに関与した複数の米軍兵士に対し、恩赦や減刑を求めるロビー活動を行ったことで、トランプ氏の注目を集めた。
また昨年、ヘグセス氏は、米軍の軍事介入における民間人被害を防ぐために設計された国防総省の「民間人被害軽減・対応プログラム」を、統合参謀本部議長を含む軍当局者の反対を押し切って廃止した。それ以来、国防総省の調査の予備的な結果によると、2月にイランの女子学校を攻撃し、少なくとも175人(その大半が小学生の女子児童)を死亡させた件について、その責任は米国にある可能性が高いと報じられている。
トランプ氏とヘグセス氏は、人間の生命の尊厳を守るという責務に縛られることなく戦争を行いたいと考えているようだ。しかし、その責務とは、「政治的に正しい、押し付けがましい規則」や、ヘグセス氏の想像が生み出した「ブギーマン(怪物)」のような存在のことではない。その責務の源泉は、ヘグセス氏が国防総省内でこれほど頻繁に称賛してきた、まさにキリスト教の信仰そのものにある。「正戦論」は、私たちが決して捨て去ってはならない、キリスト教特有の道徳的イノベーションである。
クリスチャニティ・トゥデイの記事。許可を得て翻訳しています。クリスチャニティ・トゥデイの日本語版記事(
※)はすべてこちらでご覧いただけます。※主に日本関係の記事
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