<池田小児童殺傷事件がもたらしたもの><癒されがたいもう一つの傷>
大阪府池田市の大阪教育大学付属池田小学校で昨年6月8日、校内に侵入した男に1、2年生の児童らが刃物で刺され、死傷した事件から1年。凄惨な出来事は同小の児童や家族に大きな心の傷を残し、そのリハビリには長時間を要すると指摘されている。そうした中で、同事件にまつわり、特に報道によって深く傷ついた人々がほかにもいる。
事件後報道は一斉に、容疑者が精神科に入退院していた経歴や、精神安定剤を服用していたとする自供などを大きく取り上げた。クリスチャン新聞は、地元キリスト教会の受け止めや被害児童と教会とのかかわりを中心に記事を掲載した。犯人の精神疾患についてことさらに強調はしなかったが、事件の概要を描写する手段として、先行のニュース報道を踏襲するかたちで「事件は、精神安定剤を常用して入退院を繰り返していた宅間守容疑者(37)が、池田小学校の一年生と二年生のクラスに乱入し、児童に刃物で切りつけ、児童八人を死亡させ、教諭二人を含む十五人に重軽傷を負わせるという残忍なものだった」と書いた。
これに対して7月半ば、クリスチャンの精神障害者グループ「心の泉会」から本紙あてに、「(この)記事には重大な問題を感じる」と説明を求める手紙が届いた。手紙は、この記事を「精神安定剤を常用して入退院を繰り返していた…残忍なものだった」と読むことはごく自然だとして、精神障害者に対する偏見差別が広がることを危惧する内容だった。
クリスチャン新聞では、記事の表現がだれかを傷つける結果になったことに関して謝罪するとともに、同会の問題提起、会員の受け止めや意見を伝えることにした。
心の泉会では「このような悲劇が安易に精神障害者と結びつけられて語られ、事終われりとされることがないよう、精神障害者の立場や姿や気持ちを率直に伝え」たいと昨年11月、会報「泉会だより」特集号に、同事件に寄せた会員33人の投稿を掲載した。投稿は一様に、一般の人々の心の中に悲惨な事件が「やっぱり精神障害者は怖い、何をするか分からない」という思いを残したのではないか、と重苦しい気持ちを伝えている。精神病者の犯罪率は一般に比べて決して高くなく、むしろ患者の多くは心優しく傷つきやすく、かえって犯罪率は低いくらいと専門家は指摘する。多くの投稿がそれにふれた。
ある人は「偏見は精神障害者への無知からくる」として、「精神障害者と出会ったり、ふれ合ったり、理解し合うチャンスがあまりにも少ない現実」を指摘。精神病者が家族や地域の人々との人間関係を壊さないように治療を進めるシステムになっていない、と医療の問題を書いた。
精神病者が無罪になることを疑問視する声も。「精神病でも罪を犯せば裁いて下さい。そうしなければ精神を患っている人達がより差別され社会から葬られてしまうでしょう」
事件後、小泉首相が保安処分を視野に入れた刑法の見直しを指示したことに対しては「精神障害者が危険な存在であるという世間の偏見に、いわばお墨付きを与えてしまう」と憂慮。再発防止策について「臭い物にフタで精神障害者を管理したり、施設に隔離したりすることであってはならないはずです。何より、退院後のケアや救急外来の充実など、精神医療・福祉のいっそうの拡充こそが多少時間はかかっても、今度のような事件を未然に防ぐ本当の対策」という言葉は正論だ。
そして報道。「精神障害者が絡む事件には、あいも変わらずセンセーショナルな報道をするマスコミの対応にも問題があります。大多数の精神障害者は、社会の片隅でまじめに、ひっそりとおとなしく生きているにもかかわらず…。やりきれない思いがします。十字架がまた一つ重くなった感じです」
