二重被害の爪痕生々しく 「ポンプのおかげで地域の人たちがお風呂に入れた」 能登半島地震

梶山直樹氏(ニュータウンカルバリーフェローシップ牧師)は、発災直後から物資支援を続けていた。ホテル海楽荘もその一つだった。「ここは9月の豪雨前も水がストップしたままだった。珠洲からの水道水ではなく、山の水を三つの建物に分けていた。トンネルも土砂崩れで埋まったままで、復旧が1年以上できていない状態。2、3日前、奥様に聞いたら、やっと電気が通ったと言っていた」 「お風呂を数千万円かけて直し、入浴再開の準備を進めていた矢先の豪雨災害だった」とも語る。「オーナーのご主人が泥水に巻き込まれた。松の木にしがみついた奥様が懸命に右手を差し伸ばしたが、あと10㎝及ばず、ご主人は流されていった。4日後、ご主人は近くの岸壁で遺体で発見された」

「働きは微力でも無力ではない」 能登地震災害支援のための集い

能登半島地震発災直後から、被災地で支援活動を継続してきた能登ヘルプ(能登地震キリスト災害支援会)=岡田仰代表=は、キリスト全国災害ネット(全キ災)=北野献慈世話人代表=との共催で、「能登地震災害支援のための集い2025『ここまで』と『これから』」を1月23、24日、石川県河北郡内灘町の聖書教会連盟・内灘聖書教会で開催した。初日は代表者の集いと懇談会が行われ、2日目は参加希望者による被災地の支援活動視察と被災教会への慰問が行われた