4月25日、東京・新宿区の京王プラザホテルで開かれた第14回国家晩餐祈祷会でテモテへの手紙第一2章1節から「願い、祈り、とりなし、感謝」の題でメッセージをした、財団法人沖縄協会理事、昭和女子大学名誉教授の川平朝清氏。その講演抄録を届ける。
当時の沖縄の教会は、政治的には確かに無力でした。しかし力を貸してくれた一人の宣教師がいました。オーティス・ベルさんです。この方が沖縄に来られて1954年、米軍の不当な土地収用政策について、クリスチャン・センチュリー(Christian Century)という月刊誌上に〝Play Fair with Okinawans(沖縄人に対して公正にふるまえ)”と現状報告を出しました。これが人権協会の目に留まり、調査団が派遣されました。その結果、政策にいくらかの修正が行われました。少なくとも、オーティスさんの発言は役に立ったのです。
阿波根昌鴻さんが亡くなったのは、施政権が返還されてから30年目の平成14年(02年)、101歳でした。伊江島でも軍用地主はサトウキビ収入を上回る土地代収入を得るようになり、村の財政の4分の1は防衛省の基地周辺対策費、補助金、補償費に依存するようになりました。この状態は原子力発電所のある市町村の状態と全く同じです。
阿波根さんはこの伊江島に、健常者と身障者が交わり、農作業をする「わびあいの里」という福祉施設と「命どぅ宝」(いのちこそ宝)という反戦平和資料館を残しています。また、先の証言集(『27度線の南から─沖縄キリスト者の証言』)にこういう言葉も残しました。「キリスト者は聖書、讃美歌もたいせつでありますが、政治、経済、歴史、哲学、法律すべてを勉強しなければキリスト者の資格はない」
阿波根さんの言っていることは、私たちキリスト者も政治や経済についてきちんと発言できるようにならなければいけないということです。私はこの阿波根さんの言葉を重く受け止めています。
実は一昨日、私が平和資料館の謝花悦子館長に電話をしたところ、今、伊江島の基地には毎日、昼となく夜となく、V─22オスプレイ(垂直離着陸機)が訓練飛行で飛来し、その爆音・轟音で耐えられません、と言っておりました。いちばん酷いのは伊江島なのです。
現在、沖縄県には3万8千人を超えるキリスト教信徒がいると聞いています。県人口の2・8パーセントを超える数で、日本の他の地域の約3倍です。平和運動もいろいろ進められていますが、その一つにオバマ大統領宛に直接、オスプレイの飛行停止などを求めるハガキを10万枚送る運動があります。その運動母体は「平和な沖縄を望む市民の会」なのですが、その後ろ盾になっている強力な一人が、沖縄宣教半世紀を超えるラサール・パーソンズ神父です。
さて、この国家晩餐祈祷会は、今から61年前の1953年、アメリカ、ワシントンDCで始められたと聞いています。そして、この祈祷会には毎年大統領も出席するのが慣わしです。従ってスピーカーは国家の政策や方針について意見や見解を述べるそうです。その一例に、1973年の会で、共和党オレゴン州選出のマーク・ハルフィールド上院議員が、同じ共和党のニクソン大統領の面前で「ベトナムにおける戦争は国家的罪悪であり、恥辱である。速やかに撤兵すべきである」と主張したことがあります。実際に退却状態で撤兵したのはその2年後の1975年の春でした。
今日、ここには安倍総理大臣はお見えではありません。しかし日本の政財界に影響力を持つ方が大勢いらっしゃいます。政治的すぎる発言と思われるかもしれませんが、沖縄出身の信徒として私は、あえて訴えます。「沖縄普天間飛行場の固定化を防ぐために辺野古に新たな、巨大な基地を造ることは罪であり、恥です」
このことを権威ある方々に認識していただくよう、私はここで願いと祈りと、イエス・キリストによる執り成しと、感謝をささげます。
終わりの祈りに代えて、コロサイの信徒への手紙3章12節から14節を読みます。「あなたがたは神に選ばれ、聖なる者とされ、愛されているのですから、憐れみの心、慈愛、謙遜、柔和、寛容を身に着けなさい。互いに忍び合い、責めるべきことがあっても、赦し合いなさい。主があなたがたを赦してくださったように、あなたがたも同じようにしなさい。これらすべてに加えて、愛を身に着けなさい。愛は、すべてを完成させるきずなです」(新共同訳)
イエス・キリストの御名により、アーメン。(終わり)
