佐藤浩之=ブラジル在住 引退宣教師

移住地信徒の要請で日本人伝道者ら派遣
今、日系人宣教師が日本・アジア各地へ
外務省の統計では、2026年現在のブラジルに居住する日系人総数は約270万人である。これは米国の日系人150万人を超えて、世界一位である。1908年に始まったブラジル移民は戦前が約19万人、戦後が約7万人で、合計26万人であった。そこから100年後に日系人は10倍に増加した。現存する日本人一世は1万人以下で、ほとんどが高齢者である。日系二世たちは政界、経済界、工業界、福祉、文化・体育部門で大活躍している。日系人の居住地の地域分布はサンパウロ州に80%、パラナ州に10%、その他にマットグロッソ州、アマゾナス州、パラー州、バイヤ州などブラジル全域に広がっている。
日系人宣教の歴史―徒歩で、馬で
第一回日本移民781人を乗せた笠戸丸が、1908年6月にサントス港に到着した時に移民の歴史が始まった。当時のブラジル社会はコーヒー景気だったので、日本移民たちは奥地のコーヒー農園で働いた。20年頃の移民の中には少数のクリスチャンたちがいて、日本に牧師の派遣を要請していた。それに応える形で、23年に聖公会の伊藤八十二牧師が、日本人最初の伝道者として派遣されて来た。続いて、25年にホーリネス教団の物部赳夫牧師。35年に自由メソジスト教団の西住正義牧師。さらに日本基督教団の青木朋一牧師、救世軍の田中三次牧師などが、次々にブラジルに派遣されて来た。

初期の伝道は都市ではなく奥地の日本人移住地が中心だった。幸いなことに当時はコーヒー運搬の鉄道がサンパウロから奥地のコーヒー産地まで敷設されていた。牧師たちは汽車に乗って奥地に向かい、最寄りの駅からは徒歩か馬に乗って移住地に入り、日本人信徒の家々を巡回しては家庭集会を行っていた。
やがて各移住地に救われる人々が起こされ、農村の教会が生まれ、献身者が起こされてきた。 しかし、コーヒー景気が終わり、農業不振や第二次世界大戦が契機となって、日本人移住者は教育や就職のために、若者たちを都会に送り出したので、彼らは都会で日系教会を形成して行った。一方、戦後に来た移住者は約7万人であったが、その大半は高学歴者や専門技術者が多く、都会周辺に定住して商工業で働いた。それに伴い日系人伝道は農村移住地の教会を温存しつつ、都会の日系人伝道へと変わっていった。

日系人教会の現状―日本へ、世界へ

確認できている現在の日系人教会総数は114教会である。内訳を見ると、ホーリネス教団が41教会と5伝道所、2キャンプ場、2福祉施設。自由メソジスト教団が23教会と8伝道所、1キャンプ場。アライアンス教団が7教会と1伝道所。聖公会が14教会、ホサナ教団が8教会、単立諸教会が21教会である。最近は伝道所が増えている。このほかにも日系ではないブラジル人の教会やカトリック教会に出席している日系人信者が多数いる。 最近の日系人教会は、開拓伝道で教会の基礎を作られた一世の伝道者が次々と天に召され、二世三世の伝道者に代替わりしている。そのために現在の日系教会の礼拝や教会活動はポルトガル語で行われている。若手牧師たちは日本語説教ができないので、日本語の分かる信者が説教を通訳している。かつての日本的な教会から、ブラジル的な中流市民教会へと様変わりしている。

さらに94年から日系人海外宣教師の派遣が始まった。二世三世の宣教師たちがインドや中国、アフリカで現地人の宣教に従事。今年はタイに派遣される。92年頃から日本の出稼ぎブラジル人の伝道にも日系人二世の宣教師たちが派遣されて行った。アマゾン奥地でウィクリフ聖書翻訳に従事する宣教師も起こされている。これらの活動は、日系人教会が世界宣教のビジョンに目覚めて成長したことを証ししている。
ブラジル日系キリスト教連盟の働き―教派を超えて
この連盟が55年に発足してから、教派間の交わりと伝道協力が促進されてきた。連盟は、カトリック以外の福音教会94教会が加盟している。各教会の信条や伝統を尊重しつつ、協力できる部分で交わりを持っている。主な行事は月例連絡会、総会、婦人大会、世界祈祷日、信徒研修会、伝道大会などである。
特に連盟は全国的な教会協力のネットワークを持っているので、広範囲な伝道協力が可能である。連盟が諸外国との交流の窓口となって、日本や米国から多くの伝道者を受け入れ、全国規模の伝道大会を企画し実行してきた。これまでブラジルで伝道大会で奉仕されたのは賀川豊彦、本田弘慈、滝本明、福澤満雄、中川健一、佐藤彰、岸義紘、池田博などの各牧師だが、ほかにも多数の伝道者が来られた。

また全国規模のEHCトラクト配布や福音図書配布運動、福音歌手(森祐理さん、工藤篤子さん)のコンサートなどを開催してきた。また連盟の後援により、ブラジルで救われた方々の信仰体験を集めた証し集『イペーの花咲く地から』全5巻が発行され、約5千部が日本とブラジルで販売された。また90年代から日本への出稼ぎ日系人が急増した。彼らは日本の各地でポルトガル語集会を始めたので、連盟が日本の諸教会に場所を提供して下さるように依頼した。今では日本の50か所以上で日系人教会が設立され、日系人の牧師たちが奉仕している。
ブラジル社会/日系社会への協力―良き実を結ぶ
日系人教会は日系コロニアの福祉活動に深く関わってきた。信徒たちが老人ホームや身障者施設、がんセンター病院に定期的な慰問を続けてきたし、最近では老人デイ・ケアーの働きが良い実を結んでいる。日系最大の福祉団体「援護協会」の会長として森口イナシオ牧師が長らく活躍された。二世三世の信徒医師たちは医療チームを作って、アマゾン奥地のインディオ部落を訪問診療したり、また貧民街の不登校児童を教育するホームスクールを運営したり、聖書キャンプに無料招待したりして、ブラジル社会に貢献している。また毎年20万人が集うサンパウロの「日本祭」にも日系教会が高齢者広場を設けて伝道している。若い信徒たち100人以上が3日間の作業に協力していた。また、後進地域であるアマゾンに質の良い教育施設を作りたいと、幼稚園や学校、職業訓練所を開設して、地域に貢献している日系の宣教団がある。
日系人教会の課題と展望―二世三世牧師の使命感
①日本で働く出稼ぎ者は約30万人である。彼らの滞在の長期化、永住化に伴い、ポルトガル語を使う日系教会が50以上生まれているが、牧師不足が深刻な課題となっている。また、日本で義務教育を受けた子弟たちは、ポルトガル語よりも日本語で集会をしてほしいと願っている。この面で日本の豊橋教会(ブラジル福音ホーリネス教団)や春日井福音キリスト教会(JECA)の取り組みが良い実を結んでいる。
②ブラジルに猛威を振るったコロナウイルスの影響で、2020年頃から日系人教会の高齢の信徒が召されたり、体力の減退で教会から遠のいている。この課題に取り組むため、自宅で参加できるオンライン集会やビデオ説教が普及した。現存の日本語部の引退牧師たちが、AI技術を学んで日本語部の集会にビデオ説教を送っている。今後は日本の牧師たちにも、この分野で協力を求めていきたいと思う。
③最近、二世三世の牧師たちが開催した日系人伝道研修会に200人以上が集まった。彼らは、「わたしにはまた、この囲いに属さないほかの羊たちがいます。それらも、わたしは導かなければなりません」(ヨハネ10章16節)の言葉の通りであると、日系人伝道の使命感を共有していた。この後継者たちに期待して祈っていきたいと思う。


