
人の思い込み、復讐(ふくしゅう)心、そして心の傷(トラウマ)を題材にしたイラン発のサスペンススリラー。不当に刑務所に投獄された人々がひょんなことから復讐の機会を得てしまったことで巻き起こるドタバタ劇を、スリリングかつユーモラスに描き出している。監督はジャファル・パナヒ。彼はこの作品で第78回カンヌ国際映画祭においてパルムドールを受賞し、世界三大映画祭すべての最高賞を制覇した史上四人目の映画監督となっている。
イラン政府に盾突いたかどで、不当に投獄されたワヒドは、自分を拷問した看守と思われる男と偶然出会う。咄嗟(とっさ)に強引な手段で男を拘束し、荒野に穴を掘って男を埋めようとするワヒドだったが、男のIDカードを見ると、復讐すべき相手と名前が異なっていた。男も人違いだと言う。実は投獄中、目隠しをされていたワヒドは、男の顔を見たことがなかった。
男は果たして本当に復讐すべき相手なのか。確信が揺らぐワヒドは、同じく看守に拷問された友人を訪ねることにするが、誰も確かなことが言えない。一体この男は誰なのか? 本当に自分たちを苦しめたあの看守なのか? 決定的な確証が得られないまま、彼らは「ある決断」を下すことになる。果たしてそれは、神が彼らに与えた復讐の機会なのか? それとも単なる思い込みから暴走してしまった成れの果てなのか?
本作はイラン映画ということで、私たちに縁遠い印象を抱かせるだろう。しかし、不当に苦しめられ、その傷が癒やされることなく過ごさざるを得なかった市井の人々の生きざまは、決して私たちと無縁のものではない。国籍や時代を問わず、私たちが復讐の連鎖にいつ組み込まれてしまうか分からない。そんな先行きが見えない時代ならではの恐怖とリアリティーに彩られている。
本作の白眉は、何と言ってもラストシーンであろう。ここはネタバレになるので詳細は言えないが、ラスト数十秒に凝縮された人間のもろさ、危うさの露呈は、独裁政権下という特殊な状況下にあったワヒドたち特有のものではなく、地球の裏側で平和と安寧を享受している私たち日本人にも起こり得るものであることを見事に喝破している。
見終わって、ヨブ記の次の御言葉が心に浮かんだ。
「あなたは神の深さを見極められるだろうか。全能者の極みを見出せるだろうか。」(ヨブ記11章7節)
本作に「神の視点」の具現化はない。しかし、もしもこの世界を全能の神が見下ろすなら、そこにうごめく罪深き人間たちの生きざまはこのように映っているのだろう。
ラストに聞こえる「あの音」は、人間の普遍的な滑稽さと、もの悲しさの象徴である。それが今も私の耳から離れない―。
『シンプル・アクシデント/偶然』
監督・脚本:ジャファル・パナヒ(『白い風船』『チャドルと生きる』『人生タクシー』『熊は、いない』)、出演:ワヒド・モバシェリ、マルヤム・アフシャリ、エブラヒム・アジジ、ハディス・パクバテン、マジッド・パナヒ、モハマッド・アリ・エリヤ、英題:IT WAS JUST AN ACCIDENT/2025年/フランス・イラン・ルクセンブルグ/ペルシャ語/103分/日本語字幕:大西公子/字幕監修:ショーレ・ゴルパリアン/協力:ユニフランス、配給:セテラ・インターナショナル。URL simpleaccident.com、第98回 アカデミー賞脚本賞・国際長編映画賞ノミネート、第78回カンヌ国際映画祭パルムドール(最高賞)受賞、5月8日より新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町、Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下ほか全国公開、©LesFilmsPelleas
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