歴史から見る憲法とキリスト教会 山口陽一 対話と宣教の視点 憲法特集②

山口陽一(東京基督教大学特別教授・国際宣教センター長)

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申命記17章14~20節には、後世の王権に対して律法が備えらえたことが書かれています。そこには、王が高ぶらず、主のみこころからそれず、馬を増やさず(軍縮)、二度とエジプトに帰らず(歴史の反省)、多くの妻を持たず(倫理)、金銀を多量に蓄えるな(満足)とあります。


 国法は、その国のあり方を示すもので、古代の「王の勅令」から、現代の「国民が為政者に課す憲法」まで変遷があります。近代の日本では、天皇が国民に与える欽定憲法の大日本帝国憲法(1889年)から、主権者である国民が為政者に課す日本国憲法(1947年)への大変革がありました。すべての国の為政者は、「あなたに益を与えるための神のしもべ」として、神に配置された「上に立つ権威」(ローマ13章1~4節)です。王の高ぶりと民主主義政権の高ぶりには、人間の罪性に起因する共通性があり、それに備える「律法」と「憲法」にも共通性があります。


 日本国憲法第99条は憲法尊重と擁護の義務をうたっています・・・

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